相続人に認知症の人がいたら?遺産分割のポイントを弁護士が解説

相続

相続人の中に認知症の方がいると、遺産分割において様々な不自由が生じます。
成年後見人をつければ手続きを進められますが、その際のデメリットも頭に入れておかなければなりません。
この記事では、
●相続人が認知症でも相続手続きを進められるのか
●遺産分割をしないで放置するとどうなるか
●成年後見人の選任手続きとデメリット
などについて解説しています。
相続人の中に認知症の方がいる場合に知っておくべき内容となっていますので、ぜひ最後までお読みください。

相続人が認知症でも相続手続きを進められる?

故人の配偶者・両親・兄弟姉妹など、相続人にあたる方が認知症だと、遺産相続においてできる手続きが限定されます。
まずは、認知症の相続人がいるときにできること、できないことを確認しましょう。

遺産分割協議はできない

故人が遺言を残していないときは、遺産の分け方を決めるために、相続人で遺産分割協議を行います。
遺産分割協議には、相続人全員の参加が必要です。相続人の中に認知症で法的判断能力を有しない人がいる場合には、遺産分割協議ができません。
以下の方法で合意の形だけを整えても無効となります。
●認知症の人を除外して合意する
●むりやり本人に署名・押印させる
●署名を偽造する
重大な法的判断が一切できない状態であるため、認知症の人に相続放棄させることもできません。
認知症の相続人がいるときに遺産分割協議をするには、後述する成年後見人を選任する必要があります。

手続きができるケース


相続人が認知症であっても、以下のケースでは手続きが可能です。

遺言書がある

故人が遺言書を残していれば、遺産分割協議を経る必要はありません。遺言書に沿った内容で遺産を分けるのであれば、認知症の相続人がいても手続きを進められます。
ただし、次のケースでは遺産分割協議が必要なため、認知症の人がいるとできません。
●遺言書が形式違反などで無効であった
●分割方法が書かれていない遺産があった
●遺言書と異なる分け方をしたい

法定相続分による相続登記

不動産(土地・建物)については、遺産分割協議ができなくても、法定相続分通りに相続登記する方法があります。相続人ひとりの申請で登記できるため、認知症の相続人がいても可能な方法です。
もっとも、法定相続分通りに分けるため、不動産は相続人全員による共有状態になってしまいます。不動産が共有だと独断でできることは限られており、売却などの決定には全員の同意が必要です。しかし、認知症の人は同意すらできません。結局、不動産をうまく活用できない状態になってしまいます。
したがって、法定相続分通りの相続登記は可能ですが、あまり有効な手段といえません。

判断能力がある

認知症であっても法的判断ができる状態であれば、遺産分割協議に参加できる可能性もあります。
そもそも、法律上「認知症=判断能力なし」とは定められていません。認知症の中にも様々な状態があり、初期段階であれば法的な判断能力が認められる可能性もあります。遺産分割の内容と及ぼす影響を理解する能力があれば、成年後見人は不要です。
ただし、認知症である以上、遺産分割で合意した内容の有効性が後から争われてしまうリスクは残ります。事前に医師に診察してもらい、証拠となる診断書を残しておくべきです。

相続人が認知症で遺産分割をしないデメリット


認知症の方がいると「成年後見人をつけるのは面倒」といった理由で、遺産分割をせずに放置する方もいらっしゃいます。
しかし、遺産分割をしないままだと以下の問題が生じます。

預金口座が凍結されたままになる

まず、預貯金については口座が凍結された状態になってしまいます。遺産分割協議で合意しないと、金融機関は基本的に払い戻しには応じてくれません。故人の口座を生活費に利用したくても、引き出せなくなってしまうのです。

なお「預貯金仮払い制度」を利用すれば、相続人ひとりの請求でも一定金額は引き出せます。上限は金融機関ごとに「預貯金額の1/3×請求者の法定相続分」と「150万円」のうち少ない金額です。
預貯金仮払い制度について、詳しくは以下の記事を参照してください。
遺産相続における預貯金仮払い制度とは?上限額や払戻し方法を解説

不動産を処分できない

不動産については、所有者を決めずに放置していると解体・売却などの処分ができません。
維持・管理費用や固定資産税がかかってしまい、負担をめぐって争いが生じるリスクがあります。空き家を放置すれば、倒壊などで周辺に迷惑をかける可能性も否定できません。
なお、相続登記は2024年4月より義務化されます。正当な理由なく3年以内に相続登記をしないと、10万以下の過料の対象となります。

関係者が増える

放置している間に相続人の誰かが亡くなったら、その人についても相続が発生します。関係者が増えれば、話し合いがまとまらないかもしれません。
たとえば、親が亡くなって子全員が相続人となっている状態で、子のひとりも亡くなってしまえば、その配偶者や子などが相続権を得ます。関係者が増え、疎遠な親族が話し合いに加われば、意見が対立するリスクが高まるでしょう。
面倒だからといって放置していると、余計に面倒な事態に発展する可能性もあるのです。

相続人に認知症の人がいれば成年後見人が必要


相続人が認知症のときに手続きを進めるためには、基本的に成年後見人をつける必要があります。成年後見制度の概要、選任手続き、デメリットについて解説します。

成年後見人とは?

成年後見人とは、認知症や知的障害により判断能力を欠く人(「本人」と呼びます)に代わって、財産を管理する役割を担う人です。財産管理のために必要な契約を結ぶ権限を有し、遺産分割協議にも参加できます。

成年後見制度には「任意後見」と「法定後見」があります。
任意後見は、本人に判断能力があるうちに、自らの意思で後見人と契約を結ぶ制度です。認知症になり判断能力を失った後には利用できません。
法定後見は、本人の判断能力がなくなった後に、裁判所に請求して保護者を選ぶ制度です(民法7条以下)。判断能力の程度によって「後見」「保佐」「補助」がありますが、利用が多いのは「後見」になります。後見の場合に選任されるのが「成年後見人」です。

成年後見人の選任手続き


認知症の人に成年後見人をつけるためには、裁判所に請求して審判を出してもらう必要があります。以下で成年後見人の選任手続きについて解説します。
なお、裁判所によって若干運用が異なるケースがあるため、管轄の裁判所や専門家に確認するのが確実です。東京家庭裁判所については、次のサイトが参考になります。
申立てをお考えの方へ(成年後見・保佐・補助)|東京家庭裁判所後見センター

申立人

成年後見の申立てができる人は、民法7条に記載されています。

民法7条
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。

ともに相続人になる関係にある人であれば「配偶者」や「四親等内の親族」として請求できます。

必要書類

成年後見の申立てに必要な書類は以下の通りです。
●申立書(書式・記載例は裁判所サイトをご参照ください)
●本人の戸籍謄本、住民票(または戸籍附票)
●本人の診断書、情報シート(裁判所の書式に従ったもの。詳しくは裁判所サイトをご参照ください)
●本人の健康状態に関する資料(介護保険認定書など)
●本人が登記されていないことの証明書
●本人の財産に関する資料(預貯金残高証明書、不動産登記事項証明書など)
●本人の収支に関する資料(年金額通知決定書など)
●成年後見人候補者の住民票(または戸籍附票)
必要書類が多く、医師の診断書など関係者の協力を要するものもあるため、早めに準備しましょう。

申立て先

申立て先は、本人の住所地を管轄する家庭裁判所です。管轄は裁判所のサイトからご確認ください。本人が東京23区に住んでいれば、東京家庭裁判所(本庁)が管轄裁判所になります。

費用


申立てには以下の費用がかかります。
●申立手数料(収入印紙800円分)
●登記手数料(収入印紙2600円分)
●連絡用郵便切手(裁判所により異なる。東京家庭裁判所の場合、計3270円分)
他に、本人の判断能力を判定するために、鑑定費用10〜20万円程度が必要なケースもあります。

親族は選任される?

申立てた後は、裁判所による審理を経て、成年後見人が選ばれます。
親族を成年後見人の候補者として申立てることは可能で、そのまま選ばれるケースもあります。しかし、現実には弁護士、司法書士などの専門家が選ばれるケースが多いです。特に、遺産分割協議が予定されていると専門家になる可能性が高いでしょう。

成年後見人をつけるデメリット

成年後見人をつければ、認知症の本人に代わって遺産分割協議に参加してもらえます。しかし、成年後見人をつけるデメリットも存在します。

法定相続分を確保しなければならない

成年後見人をつけると、認知症の相続人については法定相続分の財産を確保しなければなりません。
成年後見人は、他の相続人ではなく本人のために活動するため、本人の取り分が少なくなる分割内容で合意するのは困難です。「本人が参加していれば譲ってもらえるのに」と言っても、受け入れてもらえません。
成年後見人をつけたからといって、他の相続人の思い通りにいくわけではない点は理解しておきましょう。

専門家への報酬がかかる

専門家が成年後見人に選任された場合には、報酬を支払わなければなりません。支払いは本人の財産からなされます(民法862条)。
報酬額はケースバイケースです。基本報酬額は月額2万円程度ですが、財産額によっては3〜6万円となります。遺産分割協議をした際には、報酬が付加される可能性もあります。
参考:成年後見人等の報酬額のめやす|東京家庭裁判所

遺産分割後も続く

成年後見人の職務は、遺産分割手続きが完了しても終わりません。基本的には、本人が死亡するまでは成年後見人がついた状態となります。したがって、報酬も支払い続けなければなりません。
「後見人は遺産分割だけ」と勘違いしている方もいるので注意してください。

相続税対策ができない

本人が亡くなることを見据えた相続税対策も困難です。
成年後見人は本人の利益のために行動します。成年後見人の立場では、他の相続人のためになっても、本人の利益にならない行為はできません。相続税対策として代表的な生前贈与も、本人の財産を渡す行為であるため、難しいと考えられます。

相続人に認知症の人がいるときの事前対策


以上の通り、相続が始まってから対応すると、成年後見人をつけて遺産分割協議をしても、つけずに放置していても問題が生じてしまいます。
認知症の家族がいるときには、事前の対策がベストです。相続人になる予定の親族が認知症の場合には、以下の対策が考えられます。

遺言書を残す

まずは、亡くなる前に遺言書を残す方法があります。遺言があれば、遺産分割協議をしなくても内容通りの相続が可能です。
ただし、無効と判断される遺言書を作成しても意味がありません。自筆証書遺言では、形式違反になるリスクがあります。公正証書遺言にしておくのが確実です。
また、遺言では、すべての財産について分割方法を指定しましょう。もれている財産があると、その財産については遺産分割協議が必要になるので注意してください。
認知症の家族に遺産を渡す場合は、スムーズに進めるために遺言執行者を指定しておくとよいでしょう。遺言執行者がいれば、認知症の人に代わって遺言の実現に必要な手続きを進められます。
遺言執行者について詳しくは、以下の記事を参照してください。
遺言書を実現する遺言執行者の役割|必要なケースや業務の流れを解説

民事信託(家族信託)を利用する


遺言の他には、民事信託(家族信託)を利用する方法もあります。
民事信託とは、家族信託という名称でも知られており、生前に信頼できる家族と契約を結んで財産管理を任せる方法です。たとえば、認知症の妻がいる高齢の男性が、子どもに財産管理を委託するケースが考えられます。
ご自身が認知症になってしまった場合の資産凍結対策として機能し、資産を有効活用することもできます。
さらに家族信託を利用すれば死後の財産承継もアレンジできるため、高齢の方が家族がいる場合には有効な方法です。

相続人に認知症の人がいる遺産相続は弁護士にご相談を

ここまで、相続人に認知症の人がいる遺産相続について、できること、放置した際の問題、成年後見人をつける方法やデメリットなどを解説してきました。
認知症で判断能力がない人は遺産分割協議に参加できないため、成年後見人をつける必要性が高いです。ただし成年後見は使い勝手が悪い面があるため、可能であれば生前の対策が有効になります。

認知症の相続人がいて手続きがうまく進まない方は、弁護士にご相談ください。適切な方法をご提案するとともに、必要に応じて成年後見に関する手続きなどをサポートいたします。
相続人(あるいは相続人になる予定の人)が認知症でお困りの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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