柔軟な事業承継のための信託

民事信託(家族信託)

1 事業承継が問題となる場面

1 経営者の高齢化

 ⑴ 経営権を次世代に任せるスキーム

 会社経営者にとって、事業承継は重要な課題です。事業承継すなわち株式の次世代への移転のタイミングを誤り、経営者の判断能力が低下してしまうと、株式会社の業務に関する意思決定ができなくなったり、株主総会を開くことができなくなったりします。
 このようなことが無いように、経営者は適時に次世代の後継者に会社経営を任せたいと考えるでしょう。
 しかし、ここで問題となるのは、多額の贈与税です。
 そこで、経営者が委託者兼受益者となり、子どもを受託者として、株式を信託財産として信託契約を締結することにより、贈与税の課税なく、株式管理を次世代に移すことができます(相続税法9条の2第1項)。
 この場合、経営者である親の判断能力に問題がない間は、引き続き代表取締役として親が経営を担っても問題ないことになります。株主が受託者である子になっているため、もし、現経営者である親の判断能力に問題が生じた場合にも、問題なく株主総会を開くことができます。したがって、親の判断能力が低下したタイミングで、子が株主総会で自身を取締役に選任し、代表取締役に就任することで、経営を引き継ぐことができます。

 ⑵ 経営にできる限り関与しながら事業承継を行うスキーム

 後継者の会社経営に関する知識や経験が乏しい場合などはもちろん、そうでなくとも現経営者としては、後継者にただちに経営の全部を任せたくはないことも十分に考えられます。
 この場合に、信託契約において、指図権という権利を経営者自身に設定しておくことが考えられます。
 指図権とは文字通り指図を出すことができる権利ですが、株式を信託譲渡した後も、指図権者として株式の議決権行使の場面で指図を出すことができるようにしておくことで、実質的な経営権を握り続けることも可能です。
 この場合でも、指図権が行使できないほどに判断能力が衰退した場合には、受託者である子が議決権を行使することができ、会社の事業は承継することができます。

2 株式価値の上昇が予想される場合

 ⑴ 早期承継の実現と経営権留保の希望

 会社の株式の価値が上昇し続けており、自身が亡くなるタイミングでの承継では相続税の高額化が見込まれるため、早めに株式を贈与してしまいたいが、経営の実権はまだ握っておきたいというニーズも考えられます。
 この場合に、信託を用いることが選択肢となります。

 ⑵ 信託契約を用いたスキーム

 現経営者である親が、子どもに対して、株式を贈与した上で、贈与税を支払います。
 そして、そのうえで、子どもが委託者兼受益者、親が受託者として信託契約を締結し、株式に関する権利の行使は受託者が担うことが考えられます。
 この信託契約締結の場面では、委託者と受益者が共に子どもなので、贈与税はかかりません(相続税法9条の2参照)。
    

 ⑶ 自己信託(信託宣言)を用いたスキーム

 現経営者である親が、自分自身を委託者兼受託者とし、後継者である子を受益者として、株式を信託財産とする自己信託を設定することが考えらます。
 この場合、委託者が親、受益者が子となり、人物が異なるため、この自己信託設定の段階で贈与税が課されます(相続税法9条の2第1項)。
 その結果、現経営者である親は、株式に関する権利を手元にとどめたまま、株式の価値だけを子に移転したことになり、贈与税を確定させることができます。

2 従来の会社法上のスキームとの対比

1 種類株式を利用する方法

 会社法上、通常の株式とは異なる権利をもつ種類株式の発行が認められています。
 株式を次世代の子に譲渡しつつ、自身が経営に関与するための方法としては、従来は種類株式を利用する方法が主でした。
 例えば、子に譲渡する株式を議決権制限種類株式(会社法108条1項3号)としてみたり、あるいは、株式を子に譲渡しつつ親自身は拒否権付株式(会社法108条1項8号)を取得するなどの方法です。

2 種類株式を利用する方法の限界と信託

 議決権制限種類株式については、全ての議決権を制限できるわけではなく、株式の種類の追加や内容の変更、発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加に関する定款の変更を行う場面での議決権行使の制限はできません。
 また、拒否権付種類株式を保有するということは、議案に反対することでストップをかけることはできますが、自らが議決権を行使して議案を通すことはできません。
 このように、種類株式を用いた方法にも、一定の制限があります。
 信託では、自らが議決権行使に関与する方法を残すことができる一方で、信託が途中で終了させられるケースを想定し、対策を取らなければなりません。
 このようなことを念頭に置きつつ、信託の利用と比較検討してみなければなりません。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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