相続における配偶者居住権制度

相続・遺言

 自分の配偶者に先立たれてしまった場合、残された者の住まいをどのように確保していくのかという問題があります。この問題は、平均寿命が伸び、高齢化社会が進んだことで、次第に顕著になってきています。従来から、残された配偶者の居住権を確保するために、判例が技巧を凝らしていたところですが、その適用される範囲は限定的なものであり、保護も不十分なものでした。そこで、平成30年7月に民法が改正されたことによって、配偶者居住権という新たな権利が創設されました。当コラムではその内容について、概説していきます。

1 創設の経緯

 冒頭でも述べたとおり、亡くなった方(法的には「被相続人」といいます。)の配偶者(以下では、単に「配偶者」と述べた場合には、被相続人の配偶者を意味します。)の居住権を確保するために、新たな居住の権利の創設が求められていました。
 これまでの法制度だと、亡くなった方の持ち家を配偶者に相続し、預貯金などの残された財産を他の相続人に分配するという手法はよくとられていたところです。この場合、持ち家の財産的価値分を配偶者が相続したということになるため、配偶者の今後の資金を確保することができませんでした。例を挙げると、配偶者1人、子2人という家族構成で相続が開始し、遺産は3000万円相当の不動産、3000万円の預金であり、法定相続分に則って相続をしたというような場合、配偶者が不動産を相続すると、子が2人で預金3000万円を相続することになります。この場合、配偶者には1円も預金が相続されないため、配偶者が蓄えのない専業主婦だったときには、住まいはあっても、今後の生活に支障を来してしまいます。そのため、不動産の財産的価値よりも低廉な価値で金額が算定される居住権を創設して、この問題を解決する必要がありました。そこで、平成30年7月の民法の改正で導入された制度が、配偶者居住権という権利になります。

2 配偶者居住権とは

民法

(配偶者居住権)
第1028条第1項
被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
1号 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
2号 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

(1)要件

 配偶者居住権が成立するためには、原則として、(Ⅰ)配偶者が相続開始時に亡くなった方が所有していた建物に居住していたこと、(Ⅱ)その建物について配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割、遺贈、又は死因贈与がされたことが必要となります(民法1028条1項)。
 (Ⅰ)について、亡くなった方の所有、つまり、単独所有である必要があるので、配偶者以外の人と建物を共有していた場合には、配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項ただし書)。「居住していた」といえる必要もあるため、生活の本拠として使用していたといえる必要もあります。
 (Ⅱ)について、死因贈与の場合については条文上の規定がありませんが、死因贈与は死因贈与の性質に反しない限度で遺贈の規定を準用するため(民法554条)、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の死因贈与があっても成立します。

(2)効果

 配偶者居住権が成立すると、配偶者は居住建物の全部について無償で使用及び収益することができます(民法1028条1項本文)。配偶者は建物を所有するわけではありませんが、建物を居住のために借り受けて、建物の全部を使うことができるので、賃貸借契約と類似の効果が認められます。もっとも、先立たれた配偶者の居住権を確保することに目的があるため、賃貸借契約とは異なる法的効果もあります。
 まず、権利が存続する期間が異なります。配偶者居住権は、配偶者の居住権を確保するために、原則として、存続期間が配偶者の終身となります(民法1030条本文)。次に、配偶者居住権は、無償の権利であり、賃料を支払う必要はありません(民法1028条1項本文)。その代わり、建物の維持管理に必要な費用は、まず配偶者が負うことになります(民法1034条1項)。そして、建物の所有者は、配偶者居住権の設定登記をしなければならない義務を負っています(民法1031条1項)。不動産の登記は、建物の所有者や配偶者以外の者に対して、権利があることを主張することができる手段です。これを備えさせる義務を負うため、配偶者の居住権の保護は手厚いものになります。
 このように強い権利のため、配偶者居住権を他人に譲渡することはできません(民法1032条2項)。また、他人に又貸しする場合なども建物の所有者の承諾がなければ行うことができません(民法1032条3項)。

3 配偶者短期居住権(民法1037条以下)

 平成30年7月の民法の改正では、配偶者居住権だけではなく、配偶者短期居住権という制度も創設されました。残された配偶者は、亡くなった方の所有していた建物について何らの権利も有していないことがあり、相続と同時に権利がないからという理由で他の相続人から不当な取扱いをされることを防ぐために、遺産分割等が終了するまでは一時的に居住権を確保する必要があります。そのために、同制度が創設されました。

民法

(配偶者短期居住権)
第1037条1項
配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第891条の規定〔注:相続欠格〕に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。
1号 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合
遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6箇月を経過する日のいずれか遅い日
2号 前号に掲げる場合以外の場合
第3項の申入れ〔注:居住建物取得者の配偶者短期居住権の消滅申入れ〕の日から6箇月を経過する日

 配偶者が、亡くなった方の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、配偶者短期居住権が成立します。亡くなった方の財産に属した建物であるため、配偶者居住権と異なり、建物の共有持分を有する場合も成立する場合があります。また、相続開始の時に無償で居住している必要があります。つまり、配偶者のパートナーが亡くなった時に、無償で、配偶者が生活の本拠としている必要があります。
 配偶者短期居住権は、配偶者居住権と異なり、一時的な居住権にすぎません。そのため、配偶者居住権のように強い効果を有している権利ではありません。存続する期間は短く、第三者に貸すこともできず、権利を登記することもできません。
以下に、比較表を掲載します。内容は原則的な内容になりますので、一部例外があることをご了解ください。

比較表(概略)

配偶者居住権配偶者短期居住権
成立要件相続開始の時に居住していたこと
被相続人の所有

遺産分割等で取得される旨

無償で居住していたこと
期間終身遺産分割終了時から6か月など
譲渡の可否不可不可
第三者収益の可否建物所有者の承諾が必要不可
登記の可否不可

4 まとめ

 配偶者居住権は、子に建物の所有権を残したいが、自分の老後の生活も確保したい方が利用すべき制度です。配偶者居住権が成立することで、配偶者は居住権を確保でき、不動産を相続するよりも低廉な価格で居住権という価値を取得するため、現金・預金等から一定の額も確保することができます。また、子は、建物の所有権を取得することができます。創設されて日の浅い制度ですが、利用する価値はあると考えられます。

この記事を書いた弁護士

益田樹
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 弁護士

  • 益田樹

  • ■東京弁護士会
    ■東京弁護士会中小企業法律支援センター 委員

  • 弁護士登録直後から、遺産相続、不動産関連事件を経験し、交渉や訴訟についても豊富な経験を有しております。

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