遺留分侵害額請求権の具体的行使方法

相続・遺言

ここまでの解説で、遺留分制度の内容(こちらのページをご覧ください)と遺留分の具体的な計算方法(こちらのページをご覧ください)について解説させていただきました。
このページでは、遺留分権利を有している方が、その権利をどのようにして行使することができるのかについて解説させていただきます。
具体的なケースをイメージした方が分かりやすいように思いますので、次のような事案を前提にしたいと思います。

被相続人:父 相続人:母、長男、長女
遺産:800万円相当の不動産

また、計算を容易にするために、遺産の全てが第三者であるAさんに遺贈されているケースを念頭においていただければと思います。

1.遺産や遺言の内容に影響はない

冒頭のケースにおける遺留分額は、母親が200万円、子供達がそれぞれ100万円ずつになることを解説させていただきました。
ですから、母親と子供達はそれぞれ200万円又は100万円の遺留分について、父親の遺産を全て譲り受けているAさんに侵害されていることになります。
とはいえ、遺留分が侵害されているからといって、被相続人のAさんに対する遺贈が無効になる訳ではありません。

民法

(遺留分侵害額の請求)
第1046条
遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

このように、遺留分権者は、「遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求」することができると定められているだけですから、そのような金銭の請求権を得られるだけで、遺留分が侵害されていることを理由に遺言が無効になる訳ではありませんし、遺産が不動産しか存在しない場合であっても、その不動産も持ち分を取得できる訳ではないのです。
この点は、民法改正によって従前の取り扱いから変わった点と言えます。
したがって、母親と子供達はそれぞれ200万円又は100万円の支払を、Aさんに求める権利を得られることになります。

2.具体的な行使の方法

(1)従前の議論

では、以上のように、侵害された分の金額を請求することができるとして、その請求はどのように行えばよいのでしょうか。この点について、従前は、遺留分減殺請求権(民法改正前の権利の名称です)の行使方法として大きな論点となっていました。
それは、遺留分減殺請求権の行使は裁判上で行われる必要はなく、裁判外において意思表示をすれば十分であった一方で、その意思表示のみによって、遺産である不動産の持ち分などが直接権利行使者に認められるという大きな効力をもっていたからです。
意思表示の方法はどのようなものでも構いませんが、多くの場合は、意思表示の内容を証拠に残すために内容証明郵便を用いることになろうかと思います。最判平成10年6月11日(民集52巻4号1034頁)は、内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に戻ってきてしまっていた事案についても、遺留分減殺請求権の行使があったものと認めています。

(2)法改正後の議論

法改正によって遺留分減殺請求権ではなく、遺留分侵害額請求権が遺留分権者に認められることになりました。金額の支払を求める権利ですから、その権利の行使をした瞬間に、不動産の持ち分などの財産が遺留分権者に移転する訳ではありません。
もっとも、意思表示によって権利を行使するという性質に変わりはありませんから、従前と同様に、遺留分侵害額請求権の行使であることを明確にするような形で、意思表示を行うべきでしょう。
また、法改正によって金銭の支払いを請求する権利となったことで、時効についても注意しておく必要があります。

民法

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第1048条
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。
(債権等の消滅時効)
第166条
1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1号 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
2号 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。

1048条は遺留分侵害請求権についての規定です。相続が開始されたことと遺留分が侵害されたことを知ってから1年間で時効が完成してしまいますから、それまでに遺留分侵害額請求権を行使する必要があります。
また、遺留分侵害額請求権を行使して、侵害者に対して金銭の支払いを求める権利を得たとしても、その請求権も時効にかかることになります。この場合には、他の債権と同様に5年で時効にかかってしまいますから、速やかに手続を行うことが求められるのです。

(3)交渉・調停・訴訟

お伝えしたとおり、裁判外の意思表示によって権利行使をすることが可能ですから、話し合いで解決することができれば、それが最も解決方法であるものといえます。
一方で、話し合いがまとまらないような場合には、遺留分侵害額の請求調停を申し立てることになります。調停委員が介入することによって、当事者間だけではまとまらなかった場合であっても、調停が成立する可能性は十分に認められます。
しかし、調停を行っても話し合いがまとまらない場合、遺留分侵害額請求訴訟を提起することになります。

3.遺留分侵害額請求の相手方について

例題では、Aさんが全ての遺産の遺贈を受けていましたから、母親と子供達が遺留分侵害額請求権を行使する相手はAさんしかいません。遺贈による場合、遺言を確認することで、遺留分侵害額を請求する相手方を特定することに難しさはないことが多いように思われます。
しかし、生前に行われた贈与によって遺留分が侵害されている場合等については、生前の被相続人の財産の移転等について十分な調査を行わないと、遺留分侵害額請求権を行使する相手を特定することができません。
更に、遺留分を侵害していると思われる贈与等の存在が明らかとなった場合であっても、その受贈者に遺留分侵害額請求が可能とは限りません。

民法

(受遺者又は受贈者の負担額)
第1047条1項
受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈…又は贈与…の目的の価額…を限度として、遺留分侵害額を負担する。
1号 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
2号 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈 与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
3号 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。

つまり、被相続人である父親が2年前にBさんに、3年前にCさんに財産を贈与していた場合、まずは、Bさんに対して遺留分侵害額請求権を行使する必要があります。そして、母親や子供達がBさんに対して取得する金銭支払請求権の総額が、Bさんに対する贈与の価格を下回る場合には、Bさんがお金を使い切ってしまっており、金銭を支払うことができなくなっていたとしても、Cさんに対する請求は認められないことになるのです。

4.まとめ

他のページで解説させていただいた、遺留分の計算についても、十分に複雑であったように思いますが、実際に遺留分侵害額請求権を行使しようとする場合には、更に複雑な問題点が生じ得るのです。
遺留分についての争いが生じた場合に、専門家によるサポートが必要となる最大の理由といえるかもしれません。

この記事を書いた弁護士

岡本裕明
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 岡本 裕明

  • ■東京弁護士会 ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法研究部

  • 主に刑事事件への対応を通じた交渉・訴訟の経験を豊富に有し、粘り強い交渉や緻密な書面で当事者間の対立が鋭い相続案件を解決してきた実績があります。所属する東京弁護士会では、信託業務を推進する信託PTや信託法研究部に所属し、日々の研鑽を通じて民事信託に関する豊富な知識を有しております。

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