認知症対策・預金凍結回避のための信託

民事信託(家族信託)

1 親の認知症と預金口座の凍結

1 預金の凍結とは

 銀行の預金は預金者本人の資産ですので、銀行は預金者本人の意思確認なしには、家族といえども払い出しに応じることができないのが原則です。
 したがって、親が十分な預金を貯めていて、この親自身の預金を用いて子が親の面倒を見たり、家族の生計を立てようと考えていた場合でも、親が認知症で十分な意思表示が出来なくなってしまった場合には、預金を引き出せなくなる恐れがあります。
 定期預貯金の解約は、親本人でないとできず、この解約手続を行う理由についてきちんと親自身が理解できている状態でなければ出来ないということになります。
 老後の面倒を見たり、介護費用を賄えるだけの金額の預金があっても、凍結されて「使えないお金」になってしまう恐れがあります。

2 成年後見と口座凍結

 銀行においては、認知判断能力が低下した顧客との取引をする場合、民法上の法定後見制度である補助人、保佐人の同意を確認のうえ本人との取引を行う、あるいは成年後見人や 任意後見制度にもとづく任意後見人を介して、代理取引を行うのが一般的であるとされています。
 しかし、成年後見人に支払う月々の費用や、第三者に家族の資産を委ねることへの抵抗感等を理由に制度の利用に抵抗感を示す人も少なくありません。
 このようなこともあり、2012 年時点で 65 歳以上の高齢者のうち、認知症の方の数は約 462 万人と推計されているにも関わらず、成年後見制度の利用者総数は 2018 年 12 月末で約 22 万人にとどまっているといわれています。
 また制度の実態としても、成年後見人は成年被後見人本人、すなわち親のためにのみ職務を行うのが原則ですから、認知症を患う前は親の意思で子の生活の面倒を見てあげたり、 事業の資金を援助してくれたりしていたとしても、成年後見人がこれと同様に親本人以外のために親の預金を利用してくれることは無いと考えたほうが良いでしょう。
 このような硬直的な運用が、本当に認知症発症前の親の意思に合致しているのかどうかは疑問がありますが、どうしても保守的に運用されがちなので、家族としてはストレスが溜まる実態があるようです。
 また、成年後見の制度は、預金の引き出しのためだけに利用するようなスポット利用が認められておらず、成年後見人が就任すると、本人の財産の全てを管理することになります。
 したがって、家族としては預金の凍結状態のみを解消したいと考えていたとしても、成年後見人の申立てを行うことが躊躇される場合が少なくないといえます。

2 信託で口座凍結に備える

 以上のことを踏まえれば、親が突然認知症を患ってしまった場合に備えて何らかの対策を取っておく必要があります。

1 任意後見の利用

 1つ目の方法として、任意後見があります。
 これは、子を任意後見人として指定しておき、将来親が認知症を患ったときに必要となる対応について、代理権を与えておくというものです。
 任意後見人として子を指定しておけば、誰が後見人に就くか分からない法定後見制度を利用しなくとも、柔軟な対応が可能となります。
 ただし、任意後見人の制度を利用する際には、任意後見監督人が就けられることになります。この任意後見監督人には弁護士等の専門職が就くことが通常ですから、やはり月々の費用は発生してしまうことは覚悟しておかなければなりません。

2 民事信託の利用

 2つ目の方法として、民事信託を組成しておく方法が考えられます。
 これは、親の預金口座で管理する金銭を、受託者名義の信託口口座に移して、子が受託者として金銭を管理し、親にもしものことがあった場合でも、子が受託者として対応できるようにしておくというものです。
 もちろん、金銭のみならず、不動産や有価証券も信託することは可能ですので、資産の管理をあらかじめ子に任せる体制を取っておくことで、親にもしものことがあっても慌てずに対処できることになります。

3 任意後見と民事信託の併用

 上記の任意後見と信託とは、どちらか一方を選ばなければならない関係性にはありません。
 むしろ、信託と任意後見は相互に制度補完し合う形で利用することが望ましいとされており、双方の良い点を考慮しながら補い合う形で組成することが重要です。
 たとえば、任意後見のみでは、親の判断能力が低下した後に詐欺に遭ってしまい財産が失われてしまうことを防ぐことはできません。このような事態に対策をしておきたければ信託が良いということになります。
 逆に、信託のみでは、老人ホームの入所契約の代理等、「身上保護」といわれる財産管理以外の親の面倒を見るために必要な代理行為を行うことができません。
 これについては、任意後見で対処しておくことが望ましいといえます。
 親の高齢化に伴うもしもに備えて、あらかじめ対策をしっかりと立てておきたいものですね。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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