民事信託(家族信託)と遺言はどう違う?併用や優先関係についても解説

信託

「民事信託で財産承継に備えたい」「遺言書を既に書いたが民事信託の方がいいのか」とお悩みでしょうか?
民事信託は、遺言の代わりに利用できます。もっとも、遺言でしかできないこともあり、併用も有力な選択肢です。双方の内容が矛盾したときには、民事信託が優先されます。
この記事では、
●民事信託と遺言の違い
●民事信託と遺言のどちらを利用するべきか?
●民事信託と遺言はどちらが優先するか?
などについて解説しています。
財産承継の対策として民事信託と遺言の利用を検討している方は、ぜひ最後までお読みください。

民事信託(家族信託)の仕組み


民事信託とは、財産を引き継ぐために、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる制度です。家族に任せるケースが多いため「家族信託」とも呼ばれます。民事信託と家族信託は、ほぼ同じ意味です。
民事信託において、一般的に以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。「受託者」は「受益者」のために財産を管理・処分することを義務づけられ、財産から自由に利益を享受することはできません(信託法8条)。
民事信託では、設定時においては、委託者と受益者が同一人物となっているケースが多いです。「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税がかからないメリットがあります。
後ほど詳しく解説しますが、民事信託には財産管理だけでなく財産承継の機能があるため、遺言の代わりに利用が可能です。

遺言の役割


遺言は、死後の財産処分に関してした意思表示です。意思表示は遺言書と呼ばれる書面に示されます。
財産承継に関して生前の意思を実現し、相続トラブルを防ぐのが遺言の役割です。遺言があったときには、相続人は遺産分割協議を経ずに遺言の内容に沿って相続手続きを進められます。
遺言書にはいくつか種類がありますが、一般的には「公正証書遺言」あるいは「自筆証書遺言」が利用されています。
公正証書遺言は公証人が作成するため信頼性が高いものの、作成に手間や費用がかかる点がデメリットです。自筆証書遺言は手軽に作成できますが、無効になるリスクが公正証書遺言と比べると高いといえます。

民事信託(家族信託)と遺言に関連する言葉の意味


民事信託と遺言に関連した言葉として「遺言代用信託」「遺言による信託」「遺言信託」などがあります。似た言葉でわかりづらいため、それぞれの意味を整理しておきます。

信託で遺言の役割を果たす「遺言代用信託」

民事信託には、遺言と同様の機能を付与できます。これが「遺言代用信託」です。
たとえば、「委託者=受益者」として設定し「委託者が死亡したときに受益者の権利や残った信託財産を子に取得させる」との定めを契約に置きます。委託者が実際に死亡すると、定めにしたがって子が「委託者=受益者」の権利を引き継いだり、残った信託財産を引き継いだりします。これは、遺言で「子に財産を相続させる」旨を定めた場合と同じ様な結果です。
「遺言代用信託」により、民事信託に遺言のような役割を付与できることを知っておきましょう。

遺言による信託

民事信託は、以下の3つの方法で行えます(信託法3条)。
●信託契約
●遺言
●信託宣言
一般的なのは、契約による方法です。当事者間で信託契約を締結して、信託を開始できます。民事信託のほとんどが契約により設定され、上で紹介した「遺言代用信託」も、通常は契約でなされます。
他には、遺言によって民事信託を設定することも可能です。これを「遺言による信託」と呼びます。「遺言による信託」は、遺言の効力が発生したとき、すなわち遺言者が死亡したときに効力が生じます(信託法4条2項民法985条1項)。
「遺言による信託」は「遺言信託」と呼ばれる場合もありますが、次に紹介する信託銀行の「遺言信託」サービスとはまったくの別物です。間違えないように注意してください。

信託銀行の「遺言信託」サービス

信託銀行には「遺言信託」という名前のサービスが存在します。「遺言信託」は、遺言書の作成アドバイス、保管、遺言執行などをセットにして提供するサービスです。
「信託」という名前がついているものの、法律上の信託ではありません。通常の遺言において必要な手続きをパッケージとして提供するサービスです。
前述の通り、法律上の信託である「遺言による信託」を「遺言信託」と呼ぶ場合もあります。2つの「遺言信託」の意味を混同しないようにしましょう。

民事信託(家族信託)と遺言の違い


民事信託と遺言は、ともに財産承継について定める機能があります。民事信託は契約によることを前提にして、民事信託と遺言の違いを表にまとめました。

財産の承継方法契約の定めによる
(一括も分割も可能)一括のみ

民事信託 遺言
行為の性質 契約
(当事者の合意が必要)
単独行為
(ひとりでできる)
変更方法 変更方法自体を契約で定めることが可能。
定めがない場合は原則として当事者の合意
単独で可能
生前の財産管理・処分 対応可能 対応不可
効力の発生時期 原則として契約締結時だが、契約の定めによる 死亡時
財産の承継方法 契約の定めによる
(一括も分割も可能)
一括のみ
承継のタイミング 契約の定めによる
(生前/死亡時/死亡後)
死亡時
死後の相続への関与 できる できない

行為の性質

民事信託は一般的には契約であるため、当事者の合意が必要です。
遺言は単独行為であるため、遺言者がひとりでできます。

変更方法

いったん決めた内容を変更したいときには、民事信託は、原則として当事者(委託者・受託者・受益者)の同意が必要です。ただし、信託の目的に反しないこと及び当事者(受益者又は受託者)の利益に反しないことが明らかなケースでは、別の変更方法が認められています(信託法149条)。また、民事信託においては、信託契約で変更方法について信託法上の変更方法とは異なる変更方法を定めておくこともできます。
他方で遺言は単独行為であるため、ひとりで撤回や新たな遺言の作成ができます(民法1022条1023条1項)。

生前の財産管理

民事信託では、受託者に財産承継だけでなく、生前の財産管理を任せられます。賃貸不動産の管理や、預貯金口座にあった金銭の管理を任せるなど、委託者の負担軽減が可能です。
遺言では死亡時の財産承継しか定められず、生前の財産管理には利用できません。

効力の発生時期


契約でする民事信託は、原則として契約締結によって効力が生じます(信託法4条1項)。もっとも、当事者の合意によって効力の発生時期について条件を付与できます(信託法4条4項)。したがって、死亡時に効力を生じさせるとの定めも可能です。
遺言は、基本的には死亡時に効力が生じます(民法985条1項)。効力発生に条件をつけることも可能ですが(民法985条2項)、生前に効力を持たせることはできません。

一括承継か、分割承継か

民事信託では契約の定め方によって、対象になった財産について、一括でも分割でも承継できます。
遺言においては、財産を一括で引き継がせる方法しかありません。

承継タイミング

民事信託では契約の定め方によって、生前、死亡時、死亡後のいずれに財産を承継させるかを選べます。
遺言では死亡時に承継するしかなく、タイミングは選べません。

死後の承継先への関与

民事信託は死亡後の財産承継についても定められるため「妻が生きている間は妻に信託財産を使用させ、妻の死亡後は長男に渡す」のように、先々の財産の行方も指定できます。
遺言によっては自分の死亡時の承継者の定めしかできないとされ、さらに先の財産承継の内容指定はできません。

費用

民事信託では、公正証書作成手数料、登録免許税、専門家への報酬などがかかります。法律的に不備の無い契約書作成のためには、弁護士に依頼せずに進めるのは困難です。費用は信託財産の額によって決まることになります。
遺言は、自筆証書遺言の場合には自分ひとりで作成するのも可能です。専門家に依頼して公正証書遺言を作成するとしても、特殊な遺言でない限り、一般的に費用は抑えられることが多いです。

民事信託(家族信託)と遺言のどちらを利用する?


民事信託と遺言の違いは様々ありますが、実際に利用する際にはどちらを選べば良いのでしょうか?それぞれに適したケースをご紹介します。

民事信託に適したケース

民事信託は柔軟性があり用途が広いのがメリットです。民事信託が適しているケースとしては、以下が挙げられます。

生前の財産管理を任せたい

死後の財産承継だけでなく、認知症になってしまったような場合に備えたり、財産を有効活用するために生前の財産管理も任せたいときには、民事信託を利用します。遺言では生前のことは定められないためです。
「認知症になった場合の預金凍結を防ぎたい」「収益用不動産の管理を任せたい」「有効活用できていない更地を有効活用したい」といったケースでは、民事信託を選びましょう。

先の相続まで決めたい

自分の死亡時の相続だけでなく、先の相続についてもある程度コントロールしたい場合には、民事信託を利用します。遺言では自分の死亡時の相続についてしか定められないためです。
たとえば離婚経験がある人が「財産は自分の死亡時は後妻に、後妻の死亡後には前妻との子に」と希望しているときには、民事信託でしか実現できません。
先々の相続まで定められるのは、遺言にはない民事信託の大きなメリットです。活用を検討しましょう。

遺言に適したケース

民事信託は活用範囲が広いですが、できないこともあります。遺言の方が適しているのは以下のケースです。

将来入ってくる財産・信託できない財産を対象にしたい

民事信託では、将来の年金など契約時に存在しない財産の承継について、設定時には決められません。また、農地など信託財産にできない財産もあります。
遺言であれば、将来入ってくる財産や信託できない財産も対象にできます。こうした財産を対象にしたい場合には、遺言を利用してください。

併用が効果的

民事信託と遺言それぞれに適したケースを紹介しましたが、両者は併用が可能です。併用によって希望を実現できる場合もあります。
たとえば「自宅を長男の死後に嫁に渡したくない」「農地の相続も定めたい」という場合には、民事信託と遺言の併用が有効です。
民事信託だけでなく、信託していない、あるいはできない財産について遺言を活用すれば、理想的な対策が可能になります。

民事信託(家族信託)と遺言はどちらが優先する?


民事信託と遺言を併用すると、双方の内容が矛盾してしまう可能性もあるでしょう。
その場合、前後関係にかかわらず民事信託の内容が優先されます。ケース別に詳しく解説します。

民事信託契約の後に遺言を作成したケース

民事信託が先に設定されたときには、対象財産の名義や処分権限が受託者に移ります。したがって、法律上委託者の財産ではなくなっており、遺言によって行方を決定できません。仮に遺言を作成したとしても、該当部分は無効になります。

遺言作成の後に民事信託契約をしたケース

遺言をした後にした法的な行為が遺言の内容と矛盾するときには、遺言が撤回されたとみなされます(民法1023条2項)。遺言の内容に反する民事信託契約を締結したときには、遺言が撤回された扱いになり、民事信託が優先されます。

民事信託(家族信託)と遺言のどちらを利用すべきか迷っている方は弁護士にご相談を


ここまで、民事信託と遺言について、違い、選び方、優先関係などについて解説してきました。
大まかにいえば、民事信託の方が多様な定め方が可能であり、柔軟な制度といえます。しかし、遺言によってしか実現できないこともあり、併用も有効な選択肢のひとつです。希望を叶えるのに遺言だけで十分な場合には、費用負担の大きい民事信託を利用する必要はないでしょう。

民事信託と遺言のどちらを利用すべきか迷っている方は、弁護士までご相談ください。
財産承継の他に財産管理や身上保護も視野に入れている場合には、民事信託や遺言のほかに任意後見を組み合わせる方法も考えられます。状況によってベストな方法は異なるため、ご希望に合った方法を知るために弁護士への相談が有効です。
民事信託は制度の歴史が浅く仕組みが複雑であるため、対応できる専門家が不足しています。当事務所では民事信託を積極的に取り扱っており、多くの実務経験があるため個々のニーズに応じた制度設計が可能です。
「制度が多くて、何を使えばいいかわからない」「自分に合った方法を教えて欲しい」といった方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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