子どもがいない夫婦が民事信託(家族信託)を活用するメリットや事例

信託

お子さまがいないご夫婦から、財産について「自分の死後は妻(夫)に、妻(夫)の死後は自分の家系に残したい」と相談を受けるケースがあります。
何もしないでいると、配偶者に渡った後に、配偶者の兄弟姉妹や甥・姪といった親族に財産が移ってしまいます。遺言で対策しようとしても、配偶者の死亡時の相続に関しては定められません。
そこで有効なのが、民事信託(家族信託)を活用する方法です。信託を用いれば、先々の財産承継まで決めておけるうえに、認知症にも備えられるメリットがあります。
この記事では、
●子どもがいない夫婦の一方が亡くなった後で生じる問題
●子どもがいない夫婦が民事信託を活用するメリット
●子どもがいない夫婦で民事信託を活用する事例
などについて解説しています。
子どもがおらず財産の引き継ぎについてお悩みの方は、ぜひ最後までお読みください。

以下の記事では、子なし夫婦の相続に関してより基本的な事項を解説しています。あわせて参考にしてください。
参考記事:子なし夫婦の相続はどうなる?注意点や対策を弁護士が解説

子どもがいない夫婦の一方が亡くなった後で生じる問題


子どもがいない夫婦では、財産相続に関して以下の問題が生じます。

他の相続人と遺産分割協議が必要になる

夫婦間に子どもがいないときには、一方の死亡時に、配偶者の他に以下の人が相続人になり得ます(民法887条889条)。
●前妻・前夫との子
●両親
●兄弟姉妹(死亡しているときには甥・姪)
特に多いのは、故人の兄弟姉妹や甥姪が相続人になるケースです。配偶者の兄弟姉妹、ましてや甥姪とは、日常的な交流がなく疎遠なケースも多いでしょう。
遺言書がなかった場合には、遺産の分け方について遺産分割協議を行います。遺産分割協議には、相続人全員が参加しなければなりません。関係が薄い結果、そもそも協議ができなかったり、トラブルになって合意が形成できなかったりするケースもあります。
配偶者が関係の遠い相続人と遺産分割協議をせざるを得なくなる点は、子どもがいない夫婦に生じる問題のひとつです。

最終的に配偶者の親族に財産が渡ってしまう

無事に遺産分割ができたとしても、配偶者も亡くなった際には別の問題が生じます。
夫が亡くなったときに妻と兄弟姉妹が法定相続分通りに相続したとすれば、妻3/4、兄弟姉妹1/4の割合で夫の遺産を引き継ぎます。後に妻が亡くなったとき、相続人は妻の兄弟姉妹などであり、夫側の親族は財産を受け取れません。結果として、夫の有していた財産の多くが、最終的には妻側の親族に渡ります。
たとえば、夫が先祖から引き継いだ土地を妻が取得していれば、土地が妻側の親族のものになります。代々守ってきた財産が、別の家系に渡る結果となってしまうのです。
大事な財産が最終的に配偶者の親族に渡るおそれがある点も、子どもがいない夫婦にとっては問題になります。

夫婦間の遺言では問題は解決しない


夫婦間の相続で生じる問題を解消するために、生前に遺言を書いて対策しようと考える方も多いでしょう。しかし以下の通り、遺言を残しても問題は完全には解決しません。

先々の相続は定められない

遺言を残しておけば、自分が死亡した際の遺産の行方を決定できます。
たとえば「妻に全財産を相続させる」との遺言を書けば、妻に全財産を引き継がせられます。他に兄弟姉妹が法定相続人であっても、兄弟姉妹には遺留分がないため、遺留分請求を受けるリスクは生じません。面倒な遺産分割協議も不要です。
しかし、遺言では自分の死亡時の相続についてしか定められません。「自宅は妻に、妻の死後は甥に」といった遺言は不可能です。遺言により妻に自宅の土地建物を相続させた場合は、妻の死亡時に自宅は妻の親族のものになってしまいます。
相続対策として一般的な遺言では、先々の相続までは決められないのです。

他にも、遺言ではできないことがあります。詳しく知りたい方は、以下の記事をお読みください。
参考記事:遺言で実現できること・できないこと|民事信託で可能になることも解説

配偶者が約束通りに遺言を残すとは限らない

「自分の遺言で決められないなら、配偶者に遺言を書いてもらえばいい」とお考えになるかもしれません。
たしかに、配偶者が自分の望む内容の遺言を残してくれれば、問題は解決します。夫の死後に妻が「自宅は亡き夫の甥に取得させる」と遺言を書くようなケースです。
しかし、自分の希望通りの内容の遺言を、配偶者が残してくれる保証はありません。たとえ生前に約束していたとしても、気が変わる場合はあるでしょう。一度決めた遺言の内容を撤回することも可能です(民法1022条)。そもそも、認知症などで遺言を書ける状態にないケースも珍しくありません。
配偶者に遺言を残してもらおうと考えても、希望通りになるとは限らないのです。

認知症には備えられない

遺言では認知症に備えられない問題もあります。
認知症になると、預金口座が凍結されるなど、家族であっても自由に財産を利用できなくなります。「夫の口座が凍結されて生活費を引き出せない」といった問題が生じるケースが少なくありません。
遺言は、死後の財産の引き継ぎについて定める役割を有しており、死亡時に効力が生じます。生きている間のことは定められないため、遺言は認知症対策にはなりません。

認知症による口座凍結に関して詳しく知りたい方は、以下の記事をお読みください。
参考記事:認知症になると口座凍結される!民事信託や任意後見による対策を解説

子どもがいない夫婦は民事信託(家族信託)を活用すべき!


「大事な財産を配偶者の側に渡したくない」とお考えの方にとっては、民事信託(家族信託)が有効な方法になります。

そもそも民事信託とは?

民事信託は、財産を引き継ぐために、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる仕組みです。家族に任せるケースが多いため「家族信託」とも呼ばれます。
民事信託においては、以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」の財産を「受託者」が引き受け、「受益者」のために財産を管理・処分するのが、民事信託の仕組みです。

民事信託の基本について詳しくは、以下の記事をお読みください。
参考記事:民事信託とは?活用方法やメリット・デメリットを弁護士が解説

民事信託のメリット

民事信託には、遺言にはない以下のメリットがあります。

自分の家系に確実に財産を残せる

民事信託では、当事者の死亡後の権利者も定められるため、遺言の代わりに財産の引き継ぎに利用できます。遺言とは異なり、自分の死亡時だけでなく、先々の財産承継についても定められます。
たとえば「自分が死んだとき自宅は妻に、妻の死後は甥に」という内容も可能です。民事信託を利用すれば、先祖代々の財産を、確実に自分の家系に引き継げます。

認知症にも備えられる

民事信託は、遺言とは異なり、生前の財産管理についても定められます。したがって、認知症への備えも可能です。
たとえば、預金口座に入っている金銭の管理を甥や姪に委託すれば、認知症になった際も凍結されずに、自分や配偶者の生活費として利用できます。
先祖代々の財産を自分の家系に残すだけでなく、生きている間の認知症への備えもできるのは、民事信託の大きなメリットです。

信託による認知症対策について詳しくは、以下の記事をお読みください。
参考記事:民事信託(家族信託)による認知症対策|メリットや注意点を解説

子どもがいない夫婦で民事信託(家族信託)を活用する事例


子がいない夫婦が民事信託を活用できる場合として、次のケースを考えます。

●夫A(75歳)、妻B(70歳)の間には子がいない
●Aには、弟C(65歳)と甥D(35歳)がいる
●Aの家系は地域の名家であり、先祖代々土地を引き継いできた
●現在のところAは健康であるが、同級生が相次いで亡くなり、死後の財産承継に不安を感じている
●Aの希望:自分の死後、まずは妻Bに自宅(土地・建物)で暮らしてもらいたい。Bの死後は自宅を次世代の甥Dに引き継がせたい

このケースでは、以下のスキームで民事信託契約を結ぶ方法が考えられます。
●委託者 :夫A
●受託者 :甥D
●当初受益者 :夫A
●第2受益者 :妻B
●帰属権利者 :甥D
自宅不動産を管理する受託者を甥Dとし、最初の受益者は委託者であるA自身となっています。民事信託では、当初は「委託者=受益者」となっている場合が多いです。「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税を課税されずにすみます。
Aが死亡した際には、第2受益者である妻Bが、自宅を引き続き利用できます。
Bも死亡したときの最終的な帰属権利者は甥Dとしているため、先祖代々の土地・建物をDが引き継ぐことが可能です。

このケースでは、受託者を弟Cにするなど、他の方法も考えられます。
実際にどういった仕組みの民事信託にするかは、状況によってケースバイケースです。ご自身の場合どうすべきかは、弁護士など専門家にご相談ください。

夫婦で民事信託(家族信託)を利用する際の注意点


民事信託は財産管理・承継のために有用な方法ですが、以下の点には注意してください。

認知症になる前に準備する

民事信託は、法的判断能力がある段階でしか利用できません。認知症になる前に契約を結ぶ必要があります。
認知症で判断能力を失った後に財産管理のために利用できる制度としては、成年後見(法定後見)があります。もっとも、使い勝手が悪く、利用はあまり進んでいません。
民事信託を活用したければ、認知症になる前に早めに準備しましょう。

民事信託と成年後見の違いについて詳しく知りたい方は、以下の記事をお読みください。
参考記事:民事信託(家族信託)と成年後見の違い|どちらを利用?併用できる?

適した受託者が見つからないケースもある

民事信託では、財産を管理する受託者が必要になります。管理を任せる以上、受託者は信頼をおける人物でなければなりません。
現実には、家族の中に適任者が見つからないケースもあるでしょう。とはいえ、弁護士などの専門家は受託者に就任できないとされています。
候補者は存在するものの十分に信頼できないときには、弁護士を「信託監督人」としてつける方法もご検討ください。

詳しい専門家が少ない

民事信託は仕組みが複雑であるため、専門家への依頼が必要になります。
もっとも、民事信託に詳しい専門家は少ないのが実情です。比較的新しい制度であり、弁護士であっても対応できない場合があります。
詳しくない専門家に依頼すると、契約書の内容に問題があったり、スムーズに手続きが進まなかったりする可能性があります。利用の際には、民事信託に精通した弁護士に相談するようにしましょう。

夫婦で信託をする際には弁護士にご相談を


ここまで、子がいない夫婦が民事信託を活用するメリットや事例などについて解説してきました。
遺言では、先々の相続の指定や認知症対策はできません。民事信託を活用すれば、生前の認知症に備えたうえで、死後も大事な財産を希望通りに引き継がせることが可能です。後悔しないよう、早めに準備を進めましょう。

民事信託の利用を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況やご希望をお聞きしたうえで、実現できる方法をオーダーメイドでご提案いたします。民事信託で難しい内容については、任意後見や遺言の併用も可能です。
「夫婦どちらも死亡した後の、財産の行方が心配」とお悩みの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

  • 所属弁護士・事務所詳細はこちら

  • 電話相談・オンライン相談・来所相談 弁護士への初回相談は無料

    相続・信託に特化したサービスで、相続・信託に関するお悩み問題を解決いたします。ぜひお気軽にご相談ください。
    ※最初の30分まで無料。以後30分ごとに追加費用がかかります。
    ※電話受付時間外のお問合せは、メールフォームからお問合せください。
    お電話受付:9時〜21時(土日祝も受付)
    0120-061-057