民事信託とは?活用方法やメリット・デメリットを弁護士が解説

信託

「認知症になった際の財産管理について決めておきたい」
「事業を思い通りに引き継いでもらいたい」
「残された家族の生活を守りたい」
これらの願いを叶える制度が民事信託(家族信託)です。
民事信託では、信頼できる家族に財産の処分や管理を任せます。成年後見制度や遺言では難しい柔軟な相続対策ができることから、近年注目が高まってきました。
もっとも、制度は複雑で歴史が浅いため、理解が進んでいるとは言い難い状況です。
この記事では、
●民事信託とは?
●民事信託の活用例
●民事信託のメリット・デメリット
●民事信託を利用する流れ
などについて解説しています。
民事信託の理解に必要な基礎知識を解説していますので、利用を検討している方はぜひ最後までお読みください。

民事信託とは?


まずは、民事信託の制度概要を解説します。

家族に財産の管理を任せる仕組み

民事信託とは、財産を引き継ぐために、信頼できる家族に財産の管理・処分を任せる制度です。
民事信託においては、一般的に以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。信託財産の所有者となった「受託者」が有する権限は大きいです。ただし「受託者」は「受益者」のために財産を管理・処分することを義務づけられ、財産から自由に利益を享受することはできません(信託法8条)。
民事信託では、通常は設定時は「委託者=受益者」となっている場合が多いです。例としては、父(委託者)が子(受託者)に自分の財産を預け、子が父(受益者)のために財産を管理するケースが挙げられます。
このように「委託者=受益者」で設定することで、財産の所有権が受託者に移ったとしても贈与税がかかりません。

高齢化を背景に注目されている

民事信託への注目度は、近年高まっています。背景にあるのは、高齢化の進行です。
高齢化の進行により、認知症になる人が増加しました。認知症になって法的な判断能力を失ったときには、家族であっても本人の財産を処分できません。預貯金がいくらあっても引き出せず、賃貸物件の適切な管理もできなくなります。
自宅を出て施設に入ったとしても、空き家になった自宅を売却することもできません。
判断能力を失った本人に代わって財産管理をする仕組みとして用意されているのが、成年後見制度です。
成年後見制度は法定後見と任意後見という二つの仕組みを総称したものです。
法定後見とは、本人が認知症等になった後に、利用する制度です。この場合、家庭裁判所が後見人を選任し、監督も行います。
他方、任意後見とは、本人が認知症等になる前に、あらかじめ任意後見人候補者や将来その人に委任する事務内容を公正証書による契約で定めておいて、いざ本人が認知症等になった場合に、実際に任意後見人が委任された事務を本人の代わりに行う制度です。
本人が認知症になった後では法定後見制度を利用するしかありませんが、法定後見制度の下では基本的に本人のためにしか財産を利用できず、家族のためには財産を使えません。また、賃貸不動産の経営や不動産の売却に対応することが困難ですし、資産運用に対応することも出来ず、使い勝手が悪いため、利用が進んでいないのが現状です。
そこで、民事信託が注目を集めています。事前に適切な信託契約を結んでおけば、認知症になった後でも比較的自由に財産の利用ができるためです。
柔軟な財産管理・承継を実現するために、民事信託は大きな味方になる仕組みといえます。

家族信託・商事信託との違い

「信託」の名がつくものとして、他には「家族信託」や「商事信託」があります。

家族信託は、基本的に民事信託と同じ意味です。民事信託は家族間で利用されるケースが多いため、家族信託という言葉がよく用いられています。

商事信託は、定義が必ずしも定まっていない面がありますが、営利目的で他人の財産を預かって運用し、還元する仕組みなどが典型です。商事信託の受託者は、許可を受けた信託銀行などに限られています。営利目的ではなく許可が不要な民事信託とは、大きく異なる制度です。

成年後見・遺言との違い

民事信託は、財産管理と財産承継を目的とする制度です。

財産管理のための制度としては、他に成年後見があります。
成年後見では、民事信託ではできない「身上保護」も目的となっており、介護施設への入所契約などが可能です。
成年後見には、前述した法定後見と任意後見があります。法定後見は、裁判所の監督のもとで財産の利用方法が限定されています。これに対して民事信託では、柔軟な利用が認められます。

民事信託のもうひとつの目的は財産承継です。財産承継のための制度としては、他に遺言があります。
遺言では自らの死亡時の財産の承継方法を決められないのに対して、民事信託では、たとえば「自宅は妻に、妻が亡くなった後は長男に」といった形で、財産承継について比較的柔軟に先々のことまで定められます。
また、遺言は遺言者の死亡時の全ての相続財産が対象となりますが、信託により財産承継がなされるのは信託財産に組み入れた財産だけです。

似た役割を担う成年後見や遺言と比べて、民事信託はより柔軟な仕組みといえます。

民事信託の活用例


民事信託は様々なケースで活用されていますが、主な例としては以下が挙げられます。

認知症への備え

代表的な活用例は、認知症への備えです。
認知症になって判断能力を失うと、預金口座が凍結されるなど、家族であっても財産を利用できない状態になってしまいます。凍結解除のために成年後見制度を利用すると、財産の用途が限定されるうえに、専門家が後見人になれば毎月の報酬を支払わなければなりません。
事前に民事信託契約をしておけば、認知症になった後に預貯金や不動産などの財産を子に管理してもらうことが可能です。運用もできるなど、認知症になっても財産を有効に活用できます。

事業承継対策

会社のオーナーが子に事業を引き継ぎたいと考えているときにも、民事信託を活用できます。
会社の株式を子に渡した場合、通常は高額な贈与税がかかってしまいます。しかし、オーナーを「委託者=受益者」、子を「受託者」として株式を信託すれば、子は設定段階で利益を得ていないため、贈与税は課税されません。
オーナーの判断能力が低下したとしても、議決権が子に移っていれば問題なく株主総会決議ができ、経営を引き継ぐことが可能です。
信託契約後もオーナーが経営に関わりたい場合には、議決権行使についてオーナーの「指図権」を定めておく方法があります。株式を信託しても、議決権はオーナーの指示にしたがって行使されるため、子の勝手な行動を防いで実権を握り続けられます。もし判断能力が低下して指図権を行使できなくなったとしても、子が議決権を行使できるため問題はありません。

障がいを持つ子の生活保障

障がいを持つ子がいる家庭にとっては、親の認知症や死亡は大きなリスクです。親がサポートできなくなる事態への備えとしては、民事信託を利用するのが有効といえます。
たとえば、母・長男と障がいを持つ長女がいるケースを考えましょう。
このとき、母を「委託者=受益者」、長男を「受託者」、長女を「第2受益者」に設定します。そうすれば、仮に母が死亡した場合でも、長男が第2受益者である長女のために財産管理する形になります。民事信託により、障がいを持つ長女の将来の生活を保障できるのです。

民事信託のメリット


民事信託には、他の制度にない様々なメリットがあります。以下にまとめました。

自由度が高い

民事信託の最大のメリットは、制度設計の自由度が高い点です。
たとえば、成年後見では裁判所が介入して財産の保全が重要視されるため、家族の生活費やリスクを伴う資産運用には財産を利用できません。
民事信託であれば、定め方によって様々な用途に財産を使用できます。結果的に、委託者の意思の尊重につながります。

二次相続の対策もできる

民事信託の大きな特徴は、遺言ではできない二次相続の対策も可能な点です。
遺言では、自分が死亡した後のことは定められません。たとえば、妻に先立たれた男性が「自宅は自分の死後は長男に、長男の死後は次男に渡したい。長男の嫁には渡したくない」と考えていても、遺言では不可能です。しかし、民事信託ではこのような定め方もできます。
先の財産承継までコントロールできるのは、民事信託の大きなメリットです。

財産を保全できる

民事信託には「倒産隔離機能」があります。すなわち、信託財産は独立しており、委託者や受託者が破産したとしても影響がないのです。
まず、信託によって受託者に財産の所有権が移転する以上、委託者の破産の影響はありません。また、受託者の債権者は信託財産に強制執行できず(信託法23条1項)、受託者が破産しても信託財産に影響はないと定められています(信託法25条1項)。
このように、信託された財産が保全される点もメリットのひとつです。

不動産の共有リスクを防げる

不動産が共有状態になってしまうと、建て替えや売却の際に全員の同意が必要です。反対する人がいると、活用・処分がうまくできなくなってしまいます。
民事信託を利用すれば、受託者1人に管理処分をさせて、他の人は受益者として経済的利益を受けることが可能です。1人に権限が集中するため、共有のデメリットを解消できます。
また、相続により共有状態が発生しそうな場合にも、民事信託で事前に対策することが可能です。

民事信託で注意すべき点


民事信託はメリットが大きいとはいえ、万能な制度ではありません。以下の注意すべき点があります。

認知症になった後には利用できない

民事信託は認知症になって判断能力を失った後には利用できません。判断能力がない状態では信託契約を結べないためです。
認知症になってからでは、成年後見制度を利用するか、資産凍結状態を受け入れるしかありません。
認知症対策として民事信託を考えている場合には、必ず早めに行動してください。

身上保護ができない

民事信託では「身上保護」はできません。
身上保護とは、本人の生活や療養のために必要な環境を整えることです。具体的には、老人ホームの入所契約や介護サービスの申込みが挙げられます。
ただし、昨今では家族が入所契約を締結することを認める施設やサービス事業者も存在しており、事実上、成年後見制度を利用せずとも対応可能な場合もあります。
身上保護についても万全を期しておきたい場合には、民事信託と任意後見を併用する方法が考えられます。任意後見とは、前述した通り、判断能力が低下する前に公正証書による契約で、一定の代理権を定めておくものです。

税制上は有利にはならない

民事信託に関する税制は複雑ですが、基本的に信託を組成することそれ自体での節税効果は期待できません。
また、信託財産の不動産から損失が出た場合、他の所得と損益通算をして所得税を減らすことは認められていません。
ただし、認知症が進みそうな高齢者の資産を、受託者である子に信託を通じて移し、受託者にて適切な相続税対策のための施策を行う(金銭で不動産を購入する、土地に賃貸物件を建設する等)ことで税務上のメリットを享受することはあり得ます。

受託者に適した人がいないおそれ

受託者に適した人が確保できない可能性もあります。
民事信託において、通常は受託者は家族から選ばれます。しかし、家族が適切に財産を管理できるとは限りません。他方で、弁護士などの専門家は受託者になれないとされています。
受託者が見つからなければ、民事信託は利用できません。

制度の歴史が浅い

民事信託は比較的新しい制度であり、歴史が浅いです。
そのため、一般的な認知度はまだ低く、利用しようとしても制度が複雑で家族の理解を得られない可能性があります。また、民事信託に詳しい専門家の数も多くはありません。ルールがはっきりしていない部分もあります。
最近では、民事信託を巡る裁判例も少しずつ増えてきました。
民事信託を利用するのであれば、経験豊富で信託に精通した弁護士を探すべきでしょう。

民事信託を利用する流れ


民事信託を利用する際の流れをご紹介します。

設定方法は3つ

民事信託の設定方法には以下の3つがあります。
●信託契約
●遺言
●自己信託(信託宣言)
もっとも、ほとんどのケースで信託契約が利用されています。以下の説明は、信託契約を前提としたものです。
なお、自己信託とは、委託者が自分自身を受託者とする方法です。「自分の財産の一部を信託財産として別に扱う」と宣言します。財産の隠匿に利用されるおそれがあるため、法律上要件が厳しくなっています。

弁護士に相談する

民事信託は弁護士に相談するのがオススメです。制度が複雑であるため、自力で進めるのは困難だと考えられます。
相談の際には、自分がどのような財産管理・承継を望んでいるかを伝えるようにしてください。内容によっては、遺言や任意後見など民事信託以外の選択肢の方が適切なケースもあります。

契約書を作成する

民事信託を利用することに決まったら、弁護士に信託契約書を作成してもらいましょう。内容が複雑であるため、ご自身で作成するのはオススメできません。
一般的に、信託契約書は公正証書で作成されます。

各種手続きをする

契約が済んだら、不動産の登記や信託口口座の開設など、必要な手続きを進めてください。これらも必要に応じて、契約書を作成した弁護士がサポートします。
信託契約を結んだ後にも、受託者には書類の作成などの業務があります。基本的に、弁護士を信託監督人として選任し、そのチェックを受けることが望ましいといえます。

民事信託を検討している方は弁護士にご相談を


ここまで、民事信託について、仕組み、活用方法、メリット・デメリットなどを解説してきました。
民事信託は仕組みが複雑であり、法律に詳しくない方がすぐに理解するのは難しいかと思います。まずは弁護士にご相談いただいて、自分の実現したいビジョンに民事信託が適しているかを検討するのがよいでしょう。
民事信託はできてから歴史が浅く、対応できる専門家が少ないのが現状です。当事務所は民事信託について積極的に取り扱っており、多くの経験があります。ニーズに応じて最適な相続対策をとりたい方は、ぜひ弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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