民事信託(家族信託)では、「委託者」「受託者」「受益者」の三者が登場します。
「自益信託」とは、委託者が受益者を兼ねている信託です。「委託者=受益者」にすると、設定時の贈与税の課税を避けられるメリットがあります。
民事信託は、自益信託として開始されるケースが多いです。当初は自益信託でも、途中から受益者が変わって「他益信託」に移行する場合もあります。
自益信託は認知症対策をはじめとして様々な用途に活用でき、財産管理・承継のために有用な仕組みです。
この記事では、
●自益信託と他益信託の違い
●自益信託の課税上のメリット
●自益信託の活用例
などについて解説しています。
財産の管理・承継についてお悩みの方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
民事信託は、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる仕組みです。家族に任せるケースが多いため「家族信託」とも呼ばれます。
民事信託において必ず登場するのは、以下の3つの当事者です。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
民事信託では、「委託者」の財産を「受託者」が引き受け、「受益者」のために財産を管理します。信託監督人など他の当事者が登場するケースもありますが、常に存在するのは「委託者」「受託者」「受益者」の三者です。
民事信託には「委託者」「受託者」「受益者」が登場しますが、当事者の組み合わせによって「自益信託」「他益信託」といった類型に分けられます。
自益信託は、財産を預ける「委託者」が、財産から利益を受ける「受益者」を兼ねる信託の形態です。委託者が自分自身の利益を目的に始めるため、「自益」信託と呼ばれます。
たとえば、父を「委託者兼受益者」、子を「受託者」としたケースは自益信託です。
詳しくは後述しますが、「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税が課税されるのを回避できるメリットがあります。実務上、開始時においては、ほとんどの民事信託が自益信託です。
他益信託は、委託者と受益者が別の人である信託の形態です。委託者が他人の利益を目的に始めるため、「他益」信託と呼ばれます。
たとえば、父を「委託者」、子を「受託者」、母を「受益者」としたケースは他益信託です。
信託の基本的な形態は他益信託ですが、わが国の税制上、設定時に贈与税が課税されるデメリットがあります(相続税法9条の2第1項)。したがって、開始時に他益信託とするケースはほとんどありません。
もっとも、当初は自益信託でも、途中で受益者が変わって他益信託に移行するケースはよくあります。
自益信託には、課税上のメリットがあります。
自益信託では、設定時に贈与税が課税されません。
贈与税は、無償で財産を譲り受けた人に対し、財産の価値に応じて課される税金です。通常は、贈与税の金額が将来発生する相続税よりも高くなるため、贈与税が課税されるのは望ましくありません。
信託において、対象となった財産の所有権は、形式的に委託者から受託者に移ります。しかし、受託者は財産を管理する立場であり、財産から利益を享受できません(信託法8条)。受託者は財産から生じる利益を受けていない以上、無償で所有権を得ても贈与税の対象とはならないと解されています。
また、自益信託で利益を受けるのは「委託者兼受益者」です。「委託者兼受益者」は自分自身の財産から利益を受けているだけであり、贈与税の対象にはなりません。
したがって、自益信託においては、受託者と「委託者兼受益者」のいずれに対しても贈与税は課税されません。
対して他益信託では、受益者が委託者とは別人です。受益者は対価を支払わずに財産から利益を得るため、信託の設定時に贈与税が課税されます(相続税法9条の2第1項)。この点がデメリットになるため、開始時に他益信託であるケースはほとんどありません。
他益信託と比較すると、設定時に贈与税を回避できるのが、自益信託の大きなメリットです。
不動産取得税も課税されません。
不動産取得税は、不動産を取得したときに発生する税金です。
信託で不動産が対象となったとき、所有権は委託者から受託者に移ります。しかし、形式的に所有権が移転するだけであり、受託者は不動産から利益を享受できません。不動産から生じる利益を受けられない以上、信託における受託者に不動産取得税は課税されないものとされています(地方税法73条の7第3号)。
「委託者兼受益者」についても、信託により不動産を取得したわけではないため、不動産取得税は課されません。
したがって、不動産取得税を課される心配もありません。
自益信託の活用例として、以下のケースをご紹介します。
アパート経営を任せるためには、以下のスキームが考えられます。
●委託者 :父A
●受託者 :長男C
●受益者 :父A
Aを「委託者兼受益者」とする自益信託です。アパートの所有権は形式的に受託者Cに移転しますが、前述の通り設定時に贈与税は発生しません。アパートから生じた収益は、Aの生活費等に利用できるようにします。
設定時は自益信託ですが、「第2受益者」をBに指定しておく方法もあります。父Aの死亡後は他益信託となりますが、長男Cが母Bのために管理を続けることが可能です。
さらにB死亡後の帰属権利者をCにしておけば、最終的にCが権利を取得できます。
自益信託は民事信託の大半を占め、他にも活用例は多数あります。以下の記事を参考にしてください。
民事信託(家族信託)による認知症対策|メリットや注意点を解説
民事信託(家族信託)で障害者の親亡き後の生活に備える方法
民事信託(家族信託)で事業承継に備える方法|メリットや事例を解説
自益信託は、一般的に以下の流れで設定します。
まずは、弁護士などの専門家に相談してください。
民事信託は仕組みが複雑です。希望や状況によって契約の内容は大きく変わるため、自分達だけで進めるのは事実上困難といえます。
相談を受けて検討したうえで、専門家は契約書案を作成します。
契約書案が完成したら、専門家が金融機関との調整を行います。
信託の際には、金融機関に信託専用の口座を作成するケースが多いです。金融機関によって求める契約条項の内容が異なるため、事前の調整が必要になります。
信託専用の「信託口口座」を作成するには、多くの金融機関で公正証書化が条件となっています。公正証書にした後で金融機関に修正を求められると面倒であるため、先に金融機関と調整を済ませるべきです。
金融機関との間で契約書の内容が固まったら、公証役場で公正証書にします。公正証書は法律のプロである公証人が作成するため、契約が無効とされるリスクが低いです。
公証役場で契約書の内容に間違いがないことを確認し、公正証書を受け取ります。公正証書の作成には手数料が必要です。
信託契約における公正証書の利用については、以下の記事で詳しく解説しています。
民事信託は公正証書ですべき!メリットや流れを解説
自益信託で民事信託をするのは有効な方法ですが、以下の点に注意してください。
自益信託でも、あらゆる税金を回避できるわけではありません。
まず、不動産を信託財産としたときには信託の登記が必要であり(信託法14条)、登録免許税がかかります。売買のときよりは税率が低いです。
また「委託者兼受益者」が死亡して他の人が信託財産の権利を引き継ぐ際には、相続税などが課税されます。設定時の課税は回避できても、後から税金がかかってくるのです。
自益信託であっても、通常の相続の場合と比べた節税効果は期待できません。
自益信託においても、受託者は必ず必要です。
受託者には財産管理を任せるため、信頼に足る人物でなければなりません。家族の中に適任者がいないケースもあるでしょう。
弁護士などの専門家は、受託者には就任できません。自分たちで受託者を用意する必要がある点には注意してください。
民事信託は制度の歴史が比較的浅いため、詳しい専門家が少ないです。
弁護士であっても、民事信託に対応していない場合があります。契約書の内容はケースバイケースであるため、詳しくない専門家に依頼すると不十分な中身になるおそれがあります。
民事信託を利用する際には、精通した弁護士を見つけて依頼するようにしましょう。
ここまで、自益信託について、他益信託との違いやメリット・活用例などを解説してきました。
自益信託は「委託者=受益者」となっている信託の形態です。他益信託と比較して、設定時に贈与税の課税を回避できるメリットがあります。高齢者の認知症対策を始めとして、様々なケースで活用が可能です。
自益信託の利用を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況やご希望をお聞きしたうえで、実現できる方法をオーダーメイドでご提案いたします。
財産管理や相続にお悩みの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。