民事信託(家族信託)で事業承継に備える方法|メリットや事例を解説

信託

会社経営者の方は、事業承継について以下のお悩みを抱えていませんか?
「高齢になったので後継者について考えている」
「いきなり後継者にすべては任せられない」
「後継者争いになるのは避けたい」
これらの悩みを解消する方法のひとつが、民事信託(家族信託)の活用です。会社株式を信託すれば、生前贈与・遺言など従来の対策では難しかった内容も実現できます。
この記事では、
●民事信託で事業承継に備えるメリット
●民事信託の事業承継における活用事例
●民事信託を事業承継に用いる際の注意点
などについて解説しています。
事業承継についてお悩みの会社経営者の方は、ぜひ最後までお読みください。

民事信託(家族信託)で事業承継対策ができる!


会社経営者が抱える大きな悩みのひとつが、自分で経営できない状態になったときに誰に・どのように引き継ぐかという問題です。
後継者へ事業承継をする際には、従来は株式の生前贈与、売却、遺贈などが対策として挙げられていました。しかし、それぞれに不十分な点があります。
そこで注目されているのが、民事信託による対策です。まずは、後継者問題や従来の対策、民事信託の概要などの基礎知識を解説します。

経営者が直面する後継者問題

元気なうちは問題なく経営ができても、高齢になってくると様々なリスクが生じます。
経営者が認知症になれば、経営判断が困難になり、代表取締役としての業務ができなくなります。株主としての株主総会での議決権行使もできません。議決権が行使できないと会社の重要事項を決定できなくなり、経営上大きな支障が生じます。
また、対策をしないまま経営者が死亡すると、相続においてトラブルが発生するおそれがあります。遺産分割協議がまとまらず、後継者争いになってしまうケースも少なくありません。

従来の対策では不十分


経営者の認知症・死亡により生じる問題に対しては、事前の備えが重要です。もっとも、従来の対策では不十分な点があります。

生前贈与は贈与税がかかる

まず、株式を後継者に生前贈与する方法があります。
もっとも、贈与した時点で多額の贈与税が課税されてしまいます。節税のために少しずつ贈与するとしても、途中で経営者が亡くなる可能性も否めません。
また、贈与した時点で権利が後継者に移るため、先代は経営に関与できなくなってしまいます。後継者の手腕に問題があったとしても、取り返しがつきません。

売買には資金が必要

株式を後継者が買い取る方法も考えられます。
しかし、後継者が買い取り資金を用意しなければなりません。融資を受けるとしても利息が発生します。
贈与と同様に、権利が後継者に移り、先代が経営に関与できない点も問題です。

遺言書は認知症に対応できない

遺言書を作成して、死後の株式の行方を決定しておくのもひとつの方法です。
しかし、遺言書は死亡しないと効力が生じません。経営者が認知症になり判断能力を失ったときには対応できない点が問題です。

種類株式にも限界がある

経営に関与したままでいたい場合には、会社法上の種類株式を利用する方法があります(会社法108条)。具体的には、後継者に譲渡する株式を議決権制限種類株式(会社法108条1項3号)にしたり、新たに先代に拒否権付株式(会社法108条1項8号)を発行したりする方法です。
しかし、議決権制限種類株式においても、議決権を制限できない事項があります(会社法322条3項ただし書き)。拒否権付株式については、拒否権があるだけで、積極的に経営に関われるわけではありません。
経営権を残したい場合に種類株式を利用したとしても、一定の限界があるのです。

そもそも民事信託とは?


事業承継への有効な対策が、民事信託での備えです。
民事信託とは、財産を引き継ぐために、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる仕組みです。家族に任せるケースが多いため「家族信託」とも呼ばれます。
民事信託においては、少なくとも以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。ただし「受託者」は「受益者」のために財産を管理・処分することを義務づけられ、財産から自由に利益を享受することはできません(信託法8条)。

民事信託には様々な用途があり、よく知られているのは高齢者の認知症対策です。
委託者が死亡したときの権利者も定められるため、遺言の代わりとして財産の引き継ぎにも利用できます。民事信託の対象にできる財産は幅広く、会社株式も対象になるため、事業承継への活用が可能です。

参考記事:民事信託とは?活用法やメリット・デメリットを弁護士が解説

民事信託(家族信託)で事業承継に備えるメリット


事業承継への備えとして民事信託を利用すると、以下のメリットがあります。

経営への関与を続けられる

生前贈与や売買により株式を後継者に譲渡すると、権利が完全に移ってしまい、先代は経営に関与できません。
民事信託を利用すると、細かい条件を設定できるため、株式の所有権を移転したとしても経営への関与を続けられます。「後継者への引継ぎを考えているが、まだ任せるのは心配だ」という経営者にとっては、メリットが大きいです。
経営への関与を続けるための詳しい仕組み・設定方法については後述します。

空白期間が生じない

何の準備もしていない状況で経営者が認知症発症や死亡によって経営判断ができなくなると、会社が重大な決定をできなくなってしまいます。成年後見人の選任や遺産分割協議成立までの間、経営に一定の空白期間が生じるのは確実です。
あらかじめ民事信託を設定しておけば、経営者に問題が生じてもすぐに後継者が権利を行使できるため、空白期間なく経営を引き継げます。

後継者トラブルを防げる

経営者の死亡によって生じる可能性があるのが、後継者をめぐるトラブルです。相続によって株式が分散してしまい、親族間で後継者争いが生じるリスクがあります。
民事信託で後継者に株式を集中させる定めにしておけば、後継者としての地位が確立され、トラブルを防止できます。現経営者の意向を反映して後継者を決められるのは、大きなメリットです。

先々の承継まで定められる

遺言などで後継者を決めていたとしても、さらにその次の後継者までは決められません。意向を伝えていても、従ってくれない可能性があります。
民事信託では、先々の承継まで決めておけます。「自分の死後は長男、長男の死後は次男」といった定め方も可能です。永遠に効果を持つわけではないものの、ある程度先まで後継者を決めておけるのは、他の方法にはない民事信託のメリットといえます。

民事信託(家族信託)の事業承継における活用事例


民事信託を事業承継に活用する場合の具体的な仕組みや設定方法について、事例ごとに紹介します。

経営権を後継者に引き継ぎたいケース

経営者の父が長男を後継者として事業を引き継ぎたいときには、株式を信託財産として、次のように民事信託を設定します。
●委託者・受益者   :父
●受託者・帰属権利者 :長男
父が長男を受託者として株式を信託すると、長男が株主になります。その後父が認知症になって判断能力を失っても、株主になった長男が株主総会を開催できます。株主総会で議決権を行使して自身を取締役に選任し、代表取締役に就任することが可能です。
ここでは、父が「委託者兼受益者」となっています。「委託者=受益者」で設定すれば、設定時に贈与税が課税されるのを防げる点がメリットです。多くの民事信託では、贈与税の課税を避けるために、設定時点では「委託者=受益者」となっています。
父が死亡したときの帰属権利者を長男に設定しておけば、長男に株式を承継できます。相続税は課税されますが、一般的には贈与税と比べると支払額が少ないです。

経営に引き続き関与したいケース

上記のケースにおいて、後継者である長男の経験不足などで、すぐに経営を任せるのに不安がある場合も多いでしょう。そのときは、議決権の行使について父の指図権を設定し、経営権を持ち続けることも可能です。
●委託者・受益者・指図権者 :父
●受託者・帰属権利者    :長男
大枠としては先ほどのケースと同じです。ただし、議決権の行使について父の指図権を設定しているため、長男は父の指図にしたがって議決権を行使しなければなりません。経営の決定権は父に残ります。
父が認知症や死亡により指図権を行使できなくなったときには、長男が議決権を行使して、経営を引き継ぐことが可能です。

株価の上昇が予想されるケース

事業が順調であるなど、株式価値が今後上昇すると予想されるケースもあります。このときは、将来価値が上がった後で相続の際に相続税を支払うよりも、すぐに贈与して現在の価値に基づいて贈与税を支払う方が合理的です。
そこで、株式を長男に贈与して贈与税を支払ったうえで、別途以下の民事信託を設定します。
●委託者・受益者 :長男
●受託者     :父
このときは長男が「委託者=受益者」であるため、信託の設定による贈与税は発生しません。また、受託者である父が株主として議決権を有するため、経営権を握り続けられます。

株式価値の上昇が予想されるケースでは、以下の方法もあります。
●委託者・受託者 :父
●受益者     :長男
「委託者=受託者」として信託を設定することも可能で、自己信託と呼ばれます。
委託者と受益者が異なるため信託時に贈与税が発生するものの、将来相続税を支払うよりは割安だと想定されます。このときも受託者は父であるため、株主として経営権を持ち続けることが可能です。

民事信託(家族信託)を事業承継に用いる際の注意点


民事信託で事業承継に備える際には、以下の点に注意してください。

遺留分に配慮が必要

民事信託で財産承継について定める際には、遺留分に配慮しなければなりません。遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に最低限保障される遺産の取り分です(民法1042条以下)。
後継者に財産の大半を与えて他の相続人の遺留分を侵害していると、遺留分侵害額請求を受けるなど、トラブルに発展するリスクがあります。
特に財産のうち株式の占める割合が大きい場合には、注意が必要です。預金・不動産など株式以外の財産を、後継者以外の相続人に相続させるようにしておくなど、対策をとっておくようにしてください。

参考記事:遺留分侵害額請求とは?請求金額・請求方法や時効期間を弁護士が解説

税制上の優遇措置を受けられない

事業承継において、認定を受けた非上場会社の株式を後継者が贈与や相続により取得した場合、贈与税や相続税の納税を猶予される特例が存在します。
しかし、株式を民事信託したときには、この特例は適用されません。民事信託と税金の関係については、必ず専門家に確認するようにしてください。

認知度が低い

民事信託は制度の歴史が浅いため、一般的な認知度は高くありません。利用しようとしても、家族に十分な理解が得られないおそれがあります。
一般の方だけでなく、法律の専門家たる弁護士であっても、十分に対応できるとは限りません。豊富な実務経験があり、民事信託に精通した弁護士を探して依頼するようにしてください。

民事信託(家族信託)で事業承継に備えたい方は弁護士にご相談を


ここまで、事業承継のために民事信託を利用する方法について、メリット、活用事例、注意点などを解説してきました。
後継者への円滑な事業承継のために、民事信託は有効な手段です。ニーズに応じて様々な設計が可能であり、他の対策では難しい内容も実現できる点で魅力的といえます。

民事信託は仕組みが複雑であり、すぐに理解するのは難しいかもしれません。まずは弁護士にご相談いただいて、ご自身の希望するビジョンが実現しそうかを確認してください。
民事信託はできてから歴史が浅く、弁護士であっても対応できない場合が少なくありません。当事務所は民事信託について積極的に取り扱っており、事業承継のための信託設定についても多くの経験がございます。状況やご希望に応じて、最適な提案をいたします。
事業承継に不安を感じている会社経営者の方は、ぜひ弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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