生前贈与は「持ち戻し」になる?特別受益の計算方法

相続

弁護士
野俣 智裕
「兄は親から住宅購入資金をもらっていたのに、相続のときは私と同じ取り分なの?」
「生前に事業資金を援助してもらった弟は、遺産を少なく受け取るべきではないか」
「親から多額の教育費を出してもらったが、これが相続のときに問題になるのか心配だ」このような悩みは、相続の場面で非常によく聞かれます。生前に特定の相続人だけが多くの贈与を受けているにもかかわらず、相続のときに全員が同じ取り分では不公平です。そこで民法は「特別受益」という制度を設け、生前贈与を「相続財産の前渡し」とみなして遺産分割に反映させる仕組み(「持ち戻し」)を定めています。この記事では、●特別受益・持ち戻しの仕組みと法的根拠 ●特別受益に該当する贈与の種類と実務上の判断基準(裁判例含む) ●具体的な計算方法と計算例 ●持ち戻し免除の意思表示とその法的効力 ●2019年・2023年の最新法改正のポイント ●弁護士に依頼するメリット などについて解説しています。

■ 特別受益・「持ち戻し」とは何か

特別受益」とは、共同相続人の中に、被相続人から「遺贈」を受け、または「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与」を受けた者がいる場合に、その受けた利益のことを指します(民法903条1項)。

持ち戻し」とは、この特別受益の金額を相続財産に加算し直して各相続人の具体的な相続分を計算するプロセスのことです。生前贈与を「相続財産の前渡し」と考え、それを加味することで相続人間の実質的な公平を図ります。

注意すべきは、日本の特別受益制度は「特定の贈与のみを対象とする」という限定的な性質を持っている点です。フランス法のように生前贈与一般を持ち戻しの対象とするのではなく、「婚姻・養子縁組のため」または「生計の資本として」の贈与という特定の類型に限られます。

特別受益の主体は「共同相続人」に限定されており、孫や子の配偶者、内縁の配偶者など法定相続人以外の第三者への贈与は原則としてこの制度の対象外です。

■ 特別受益に該当する贈与の種類と実務上の判断基準

どのような贈与が特別受益に「該当する・しない」かは、遺産分割協議や調停における最大の争点の一つです。実際の裁判例をもとに整理します。

【婚姻・養子縁組のための贈与(実務上の傾向)】

挙式費用は、「儀礼的性格もあり、遺産の前渡しとはいえない」「被相続人の資産状況からすれば自然な愛情の範囲を超えるものではなく、生計の資本とはいえない」「親の世間に対する社交上の出費たる性質が強い」などの理由から、特別受益としては否定される傾向にあります。ただし「他の姉妹が援助を受けていない」といった個別の事情から肯定された裁判例も存在します。

結納金についても、結婚式や結納の式典そのものに生じた費用は「『婚姻のため』の贈与と評価すべきではない」として否定された例があります。一方、被相続人からもらった支度の費用については肯定されるケースもあります。

結婚支度金(まとまった金額)については、特別受益として肯定されています。

【学資・教育資金】

親の扶養義務(民法877条1項)との境界が問題となります。全員が同水準の教育を受けている場合は否定されやすい一方、他の兄弟が高校卒であるのに一人だけ医学部等の極めて高額な教育費を得ている場合は、その差額部分が「生計の資本としての贈与」として特別受益に認定される可能性があります。

【生計の資本としての贈与】

「生計の資本」とは、独立して生計を立てるための基礎となる贈与を指します。以下のようなものが含まれます。

●住宅購入資金の援助や住宅ローンの肩代わり(特別受益に該当しやすい)
●事業を開始するための創業資金、または経営危機を救済するための資金(同上)
●不動産そのものの贈与(同上)
●多額の借金の肩代わり

なお、親の土地を無償で借りている(使用貸借)ケースについて、その使用貸借権による便益を「特別受益」と構成して使用貸借権相当額を持ち戻す見解も実務上存在します(家事事件ノート・裁判例)。

【特別受益判断のまとめ】

●挙式費用・結納金:該当可能性は低い
●大学教育費:中程度(他の相続人とのバランス等次第)
●住宅購入資金:高い(生計の基礎を築くための多額の援助)
●事業資金:高い(独立した生計を営むための資本投下)
●生活費の援助:扶養義務の範囲内であれば否定

■ 特別受益の計算方法

特別受益がある場合の具体的な相続分の計算は、以下の3ステップで行います。

【STEP1:みなし相続財産の算定】

相続開始時に現存する財産の価額に、持ち戻しの対象となる特別受益の価額を加算します。

みなし相続財産 = 相続開始時の積極財産 + 特別受益額

【STEP2:一応の相続分の計算】

みなし相続財産に各相続人の法定相続分(または指定相続分)を掛けます。

一応の相続分 = みなし相続財産 × 相続分率

【STEP3:具体的相続分の決定】

特別受益を受けた相続人については、STEP2の金額から自身の特別受益額を控除します。

具体的相続分 = 一応の相続分 − 特別受益額

【計算例】

遺産3,000万円、相続人は長男・次男(各1/2)のケースで、長男が生前に住宅購入資金1,000万円の贈与を受けていた場合。

みなし相続財産 = 3,000万円 + 1,000万円 = 4,000万円
一応の相続分(各1/2)= 4,000万円 × 1/2 = 2,000万円
長男の具体的相続分 = 2,000万円 − 1,000万円 = 1,000万円
次男の具体的相続分 = 2,000万円(特別受益なし)

長男はすでに1,000万円をもらっているため、実際の受取額は1,000万円。両者の実質的取得額は合計2,000万円で同額となります。

【贈与財産の評価基準時】

判例・審判実務では、原則として「相続開始時(被相続人の死亡時)」の時価で評価します。

●不動産:相続開始時の時価(贈与時の価格ではなく)
●金銭:消費者物価指数(CPI)に基づき相続開始時の貨幣価値に換算(最判昭51.3.18)
相続開始時の価額 = 贈与時の額 ×(相続開始時のCPI ÷ 贈与時のCPI)
●株式:相続開始時の市場価格(非上場株は専門的評価が必要)

また、民法904条の規定により、贈与された財産が相続開始前に受贈者の行為によって滅失・売却された場合でも「相続開始時に原状のまま存在するものとみなして」評価します。

■ 持ち戻し免除の意思表示

被相続人は自らの意思表示によって特別受益の持ち戻し計算を免除することができます(民法903条3項)。これにより、特定の相続人に多く残したいという意図を法的に実現できます。

【明示の意思表示】

遺言書や贈与契約書に「本贈与については持ち戻しを免除する」旨の記載があるもの。立証は容易です。

【黙示の意思表示】

書面はないが、贈与の動機・被相続人と相続人の関係・他の相続人への贈与状況などから免除の意思を推認するもの。実務上、この存否が激しく争われます。

黙示の免除が認められやすい要素:家業承継のための資本投下、献身的な介護に対する「報恩」としての贈与、資力の乏しい子への「生活保障」としての贈与など。

【2019年改正:配偶者への居住用不動産の特例(民法903条4項)】

2019年(令和元年)7月施行の改正民法により、以下の要件を満たす贈与については持ち戻し免除の意思表示があったものと「推定」されます。

●婚姻期間が20年以上であること(事実婚は含まない)
●居住用不動産(建物またはその敷地)の遺贈または贈与であること
●2019年7月1日以降の贈与等であること

この規定により、配偶者は贈与された自宅を遺産分割の計算に含めることなく、残りの遺産についても法定相続分通りの取得を主張できます。これは「おしどり贈与」(贈与税の配偶者控除)と趣旨を同じくするものです。

■ 寄与分との関係

相続人の中に特別受益を受けた者と寄与分を主張する者が両方いる場合、計算の順序についていくつかの見解があります。

【904条の2優先適用説】

まず寄与分の規定(904条の2)を適用して各相続人の相続分を算出し、その相続分を基礎として903条により特別受益者の相続分を算定する見解です(家事事件ノート記載)。

【個別適用説(実務上有力)】

903条と904条の2は別個の算定に関する規定として、両条に基づいて個別に算定した上で調整を図る見解です。実務上は「特別受益控除先行説」(東京高決平22.5.20)が支持されており、以下の手順で計算します。

①遺産分割の算定基礎額 = 現存遺産 + 特別受益 − 寄与分
②各相続人の一応の相続分を計算し、特別受益者は自身の特別受益額を差し引く
③最後に、寄与分権利者に寄与分を加算する

■ 最新の法改正ポイント

【遺留分算定における期間制限(2019年改正)】

2019年の相続法改正により、遺留分侵害額の算定基礎となる贈与の算入期間が明確化されました。

●共同相続人への贈与:相続開始前10年以内(特別受益に該当するものに限る)
●第三者への贈与:相続開始前1年以内
●悪意の当事者:期間制限なし(積極的な遺留分侵害の意図が必要)

【遺産分割の10年制限(2023年改正)】

2023年(令和5年)4月1日施行の改正民法(民法904条の3)により、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では原則として特別受益および寄与分の規定を適用しないこととなりました。10年を過ぎると「具体的相続分」ではなく「法定相続分」で分割されます。早期の遺産分割協議が極めて重要です。

例外として、10年経過前に家庭裁判所に遺産分割の請求をした場合、相続人全員が具体的相続分による分割に合意した場合などは引き続き特別受益の主張が可能です。

【生命保険金の特別受益性】

生命保険金は原則として特別受益に該当しません(最決平16.10.29)。ただし、「保険金の額・遺産総額に対する比率、相続人間の関係、生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認できないほど著しい場合(特段の事情)には持戻しの対象となる」と判示しています。

■ 弁護士に依頼するメリット

特別受益を巡る紛争には、数十年前に遡る事実認定と高度な法的評価が必要です。弁護士に依頼することで以下のメリットが得られます。

【弁護士会照会による強力な証拠収集】

弁護士法23条の2に基づく「弁護士会照会」を活用することで、金融機関への全店照会や過去10年分以上の取引履歴の開示を求めることができます。相続人個人では「プライバシー」を理由に拒否される資料も、弁護士会照会であれば開示される可能性が格段に高まります。これにより、隠された生前贈与や相続直前の不自然な出金(使途不明金)を特定できます。

【評価額・計算の専門的サポート】

不動産の時価評価、寄与分との計算順序など、専門的な計算を正確に行います。

【持ち戻し免除の立証】

黙示の持ち戻し免除の意思表示を認めさせるために、被相続人の生前の言動・日記・親族の陳述書などを整理し、裁判所に対して説得力ある主張を展開します。

【10年期限のタイムマネジメント】

2023年改正による10年制限を念頭に、調停申立のタイミングを的確に判断し、特別受益の主張権を失わないよう早期に法的手続きを進めます。

特別受益の問題は、単なる過去の金銭授受の精算ではなく、被相続人の意思と相続人間の公平性をどう調和させるかという難問です。不公平な遺産分割にお悩みの方は、早めにご相談ください。

特別受益・持ち戻しについてお悩みの方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

  • 所属弁護士・事務所詳細はこちら

  • 電話相談・オンライン相談・来所相談 弁護士への初回相談は無料

    相続・信託に特化したサービスで、相続・信託に関するお悩み問題を解決いたします。ぜひお気軽にご相談ください。
    ※最初の30分まで無料。以後30分ごとに追加費用がかかります。
    ※電話受付時間外のお問合せは、メールフォームからお問合せください。
    お電話受付:9時〜21時(土日祝も受付)
    0120-061-057