成年後見と民事信託(家族信託)について

民事信託(家族信託)

1 民事信託と成年後見制度の比較

 成年後見制度には、当事者がまだ意思能力を失う前の段階で契約により自分の選んだ人を将来の後見人として選任しておく任意後見と、当事者が意思能力を失ってしまった後に後見人を裁判所が選定する法定後見という二つの種類があります。
 民事信託は、財産管理及び財産承継のための制度です。他方、後見制度は財産管理及び身上保護のための制度です。
 後見制度における身上保護とは、被後見人の生活、治療、介護、療養等に関する事務を行うことをいいます。例えば、被後見人である高齢者の施設への入所の手続や、治療のための入院の手続などがこれに該当します。
 民事信託は、財産管理という側面では後見制度と重なる部分がありますが、身上保護を目的としていない点で、後見制度とは異なります。

信託と後見制度の比較

  法定後見 任意後見 民事信託
法律 民法 任意後見契約に関する法律
(以下「任意後見法」)
信託法
制度の目的 身上監護
財産管理
身上監護
財産管理
財産管理
財産承継
本人の能力 ①後見
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者(民法7条)
②保佐
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者(民法11条)
③補助
精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者(民法15条)
契約締結時
任意後見契約を締結する能力
効力発生時
精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者
(任意後見法4条)
信託契約
信託契約を締結する能力
遺言による信託
遺言をする能力
※信託契約、遺言による信託をした後、委託者が認知症になったとしても、信託契約、遺言による信託の効力には影響しない。
※信託契約では、委託者が死亡したとしても、受託者と受益者の間だけで信託契約の効力を存続させることができる。
本人の同意 不要(補助は必要) 必要 必要
当事者・
関係者
・本人=被後見人等
・後見人等

・後見監督人等

・本人
・任意後見人

・任意後見監督人

・委託者(財産を預ける者)
・受託者(財産を管理する者)
・受益者(利益を受ける人)
・信託監督人受益者代理人
効力発生 家庭裁判所の審判 家庭裁判所の審判
(任意後見監督人の選任)
信託契約の締結
遺言効力の発生
対象財産 全ての財産 任意に選択できる 任意に選択できる
財産の活用方法 限定的 限定的 柔軟
本人が死亡 終了 終了 存続しうる
裁判所の関与の度合い 強い 一定程度 ほぼなし

2 民事信託と後見制度の併用

1 民事信託と後見制度の併用の可否

 民事信託は後見制度と併用することが可能です。本記事では、特に後見制度の中でも任意後見制度と民事信託との併用について、そのメリットや方法について解説していきたいと思います。

2 民事信託と後見制度の併用方法

 民事信託と任意後見は、どちらも委託者(本人)の判断能力が十分であるときに利用されます。したがって、民事信託契約と任意後見契約は、それぞれに役割を分担させつつ同時に締結されることが一般的です。

⑴  任意後見の利点

 本人の財産に自宅不動産があり、将来的に自宅を売却して施設に入所する可能性があるという場合には、任意後見を利用することで、財産管理にとどまらず、施設入所や入院が必要となった場合の契約関係についても対処が可能となります。

⑵  民事信託の利点

 ①民事信託では、信託財産とされた財産の名義は受託者名義に変更される仕組みです。したがって、民事信託を設定すれば、特に委託者が高齢者である場合などにおいて、委託者が第三者から不当な契約を締結させられることで財産を失ってしまう危険性が低くなります。また、

 ②民事信託では収益不動産を活用するために受託者名義で金融機関から新たに融資を受けることも可能ですし、

 ③受託者が資産運用を行うことも可能です。さらに、

 ④信託財産について世代を超えた財産の承継(後継ぎ遺贈)を行うことも可能であるなど、遺言や後見制度で対応できないニーズに対応することが出来るという利点があります。

⑶  両制度の併用

 以上に記載した通り、任意後見及び民事信託にはそれぞれに利点があります。
 したがって、両制度を併用して利用するということが行われています。
 両制度を併用する場合には、任意後見で管理する財産と民事信託において信託する財産は明確に分けておく必要があり、典型的な例としては、民事信託で主だった財産を保全又は運用しつつ、任意後見により身上保護や民事信託でカバー仕切れない本人の手元財産の管理を行うということが行われています。

3 民事信託と任意後見の使い分け

 民事信託と任意後見を使い分ける際のポイントについて解説します。

1 身上保護の要否

 先に述べた通り、民事信託にはカバーできない後見制度の特徴として、身上保護、すなわち被後見人の生活、治療、介護、療養等に関する事務に対応できる点が挙げられます。
 したがって、この身上保護の必要性を吟味する必要があります。
 特に、相談者の入院や施設入所等に際して家族の支援が受けられないような場合には任意後見を利用する必要があります。

2 裁判所の監督

 任意後見は、家庭裁判所に選任された任意後見監督人の監督の下に、契約で定められた特定の法律行為を任意後見人が本人の代わりに行うことになりますので、裁判所の監督がある制度であるといえます。
 一方で民事信託は任意後見のように裁判所の監督はありません。
 裁判所の監督を望むか否かは、民事信託と任意後見の使い分けのポイントとなるでしょう。

3 財産承継の有無

 相談者が財産の管理のみならず財産の承継も目的としている場合には、民事信託が有効な選択肢となります。
 財産管理のみであれば任意後見でも対応できますし、財産承継のみであれば遺言でも対応できる場合もありますが、双方を希望している場合には、民事信託が有用です。
 また、相談者が世代を超えた財産承継を希望している場合(最初にAさんにあげて、Aさんが亡くなったらBさんにあげる、など)には、民事信託を利用することとなります。

4 信託財産の活用や借り入れの要否

 先に述べた通り、民事信託の場合には、受託者名義で新たに資金の借り入れを行ったり、受託者が資産を運用したりすることが出来ます。
 したがって、財産の積極的な活用が予定されている場合には民事信託が有効な選択肢となります。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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