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障がいをもつ子どもがいる家庭では、家族、特に両親が本人の生活をサポートしている場合が多いと思います。
将来、両親が認知症になってしまったり、亡くなってしまったりした場合には、障がいを持つ子どもの生活を十分にサポートできなくなってしまいます。
障がいを持つ子の場合、自分自身が遺産として資産を受け取ったとしても、それを上手く利用して生活を維持することも困難ですし、第三者から不当に働きかけられて資産を失ってしまう可能性もあります。
やはり誰かの適切なサポートがなければ、子どもの生活が破綻してしまう可能性もあるといえます。
したがって、両親にもしものことがあった場合でも、子どもの生活をサポートしてくれる人を準備しておき、亡くなった親の銀行口座も凍結されることなくスムーズに子どもの生活をサポート出来るような仕組みを作っておくことは重要であり、そのような仕組みとして民事信託は一つの選択肢ととなります。
親が亡くなった場合には、亡くなった人の財産は遺産分割協議が整うまで動かすことが困難になります。また、このことは親が認知症になった場合についても同様です。
親が亡くなったり、認知症になったりすると、親の名義の銀行口座資金移動や引き出しが困難になります。
親を委託者として、障がいをもつ子どもを受益者とする民事信託を設定しておけば、信託財産の管理及び受益者への給付は受託者が行いますので、仮に委託者である親が急に亡くなったり、認知症になったりしても、資産が凍結してしまうことはありません。
財産の承継方法としては民事信託の他に遺言が考えられます。
しかし、遺言で障がいをもつ子が財産を受け取ったとしても、その財産を適切に利用することは期待できません。しかも、障がいを持つ子が詐欺等に引っかかってしまった場合には、財産を失ってしまいます。
この点、民事信託を設定しておけば、信託財産の名義は受託者に移り、その財産は受託者が管理することになります。
したがって、この場合に第三者が障がいをもつ子に不当な働きかけを行ったとしても、子は信託財産についての管理処分権限を持っていませんので、それによって信託財産を失うことはありません。
障がいをもつ子に法定相続人がおらず、さらにその子が遺言をすることもできないときには、障がいを持つ子に亘った財産は最終的には国庫に帰属することになってしまいます(民法959条)。
この点、民事信託は世代を超えた財産承継も可能とする制度ですので、両親が最終的に余った財産の帰属先を決めておくことが出来ます。
つまり、障がいを持つ子が存命中はこの子のために財産を使い、亡くなった後は誰か別の人に残りの財産を渡すということができるということになります。
残った財産が国庫に帰属してしまうくらいならば、お世話になった人や社会福祉法人に渡したいと考える場合には、民事信託を利用することで希望通りの財産承継が行うことができる可能性があります。
信託会社及び信託業務を営む金融機関が受託者となる信託を設定する場合には、子どもの障がいの程度によって一定の金額までは贈与税の課税価格に参入しないという税制優遇制度があります(相続税法21条の4,相続税法施行令4条の9)。
この制度は、通称「特定贈与信託」というもので、障がいの程度が重い場合は6000万円、それに準ずる場合には3000万円まで贈与税が非課税となります。
この制度が活用できれば、親の生前から子どもを受益者とする信託を設定することができ、また、親の死亡後には既に子に贈与した財産については相続税も課されないため、税務面で有利になります。
上で述べた通り、この特定贈与信託を利用するためには、受託者は信託会社及び信託業務を営む金融機関に限定されているため、この要件を満たす必要があります。
ただし、一般に信託銀行は金銭のみを受託し、不動産を受託しないこととしているため、信託財産に収益不動産を含む場合には、これを受託してくれる不動産管理に長けた信託会社を探す必要があります。このような信託会社はまだ数が少ないため、適当な会社を探す作業には困難が伴うことは覚悟しておかなければなりません。
障がいを持つ子でも、その障がいの内容によっては余命の長さに大きく影響せず、両親が亡くなった後も長期間存命であることが想定される場合があります。
このような場合には、その障がいをもつ子が存命中という長期間に亘って対応できる受託者を必要とするのであり、法人ではなく自然人の受託者を置く場合には、年齢も考慮して、長期に亘って受託者として対応が可能かどうかを考えなければなりません。
また、受託者にもしものことがあった場合に備えて、後継受託者を置くなど、途中で信託の仕組みがうまく機能しなくなる事態を避けるような規定にしておくことが出来れば望ましいといえます。
民事信託では、信頼できる受託者に財産を託して管理運用を委ねますが、受託者が不正を働いた場合には、受益者によって監督・是正がなされることが期待されています。
しかし、本コラムで扱っているような受益者が障がいをもつ子である信託の場合、この受益者によって受託者の不正行為の是正や監督が適切になされることは期待できません。
したがって、受益者代わりに受託者を監督したり、受益者の権利を代わりに行使したりする受益者代理人や、受託者を監督する信託監督人を定めておくことが望ましいと言えます。
この受益者代理人や信託監督人には、弁護士等が業として就任することが出来ますので、このようなケースでは監督の仕組みまで考えて置くことが大切です。
以上でみてきたように、障がいを持つ子がいる場合に、両親にもしものことがあった後に備えた準備をしておくことは大切です。
民事信託を活用して、親亡き後の問題に備えることは、大きな選択肢であると言えるでしょう。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。