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「信託」という制度は、自分の財産を他人に対して信じて託すもので、贈与のように完全に処分権を渡すのではなく、あくまでも一定の目的に沿って財産を管理してもらい、更には適切な資産承継を実現するためのものです。
制度の柔軟性や利便性は高く、この制度を利用することで、高齢者を資産管理・運用の負担から解放し、財産の散逸を防ぎ、更には柔軟かつ適切な財産承継を実現することが可能です。
しかし、「信託」という制度は柔軟な制度であるがゆえに、分かりにくい制度であるということもいえます。そこで、本記事では、信託の基礎的な仕組みについて解説していきたいと思います。
信託は、先に述べた通り、自分の財産を、他人に対して信じて託す制度です。
したがって、信託には、財産を託す人、託される人が登場します。また、例えば託された財産がお金や賃貸物件だった場合に、そのお金や賃料を受け取る人、つまり、財産から利益を享受する人も登場します。
このように、信託という制度には、基本的に三種類の当事者(役割)が登場します。
この当事者を、①委託者、②受託者、③受益者と呼びます。
委託者とは、自分の財産を他人に対して信じて託す(委託する)人です。信託という仕組みの設定者はこの委託者です。
委託された財産のことを信託財産と呼びます。信託財産の特徴については後述します。
受託者とは、他人の財産を預かって管理運用する(受託する)人です。
信託という仕組みにおいて、信託財産の所有名義は受託者に移ります。信託財産の所有名義が受託者に移ることから、対外的に信託財産に関する契約等を行う権限を有し、その権限の範囲も広範なものになります。
しかし、受託者は所有者のようにその財産から利益を享受することは許されず(信託法8条)、あくまでも委託者との間で定めた「信託の目的」に沿って、その財産を管理運用することになります。
受益者とは、信託財産から生じる利益を享受することができる立場の人を指します。享受する利益の種類は、信託財産によって様々ですが、例えば金銭給付を受ける権利や、不動産であれば居住する権利などが一般的です。このように、受益者が信託財産から利益を享受できる権利のことを、受益権といいます。
以上のように、信託という制度には基本的に三種類の当事者が登場しますが、民事信託の場合には、「①委託者と③受益者が同一人物」という体制で運営が開始されることが通常です。
このように、①委託者と③受益者が同じ人物、つまり委託者自身が受益者を兼ねているような信託のことを、「自益信託」といいます。
どうして自益信託として設定するのかというと、それは設定時に贈与税が課税されないからです。
もし、①委託者と③受益者が別の人物だった場合(この場合を「他益信託」といいます。)、委託者の財産から生じる利益を、委託者以外の受益者が享受することになり、これは信託財産が委託者から受益者に対して贈与されたのと同じような構図になります。したがって、この場合には、贈与の場合と同じように贈与税がかかってくることになります(相続税法9条の2第1項)。
あくまでも、家族内で財産管理・運用の負担を子世代に託したい親世代の望みをかなえるために設定される民事信託において、設定と同時に贈与税が課税されてしまうことは避けるべきですので、民事信託の場合は「自益信託」でスタートするのが基本になっているのです。
信託を設定する方法は三種類あります。これからそれぞれについて解説しますが、民事信託はほとんどが「信託契約」の方法で設定されているといえます。
信託契約とは、委託者と受託者の契約です。この契約によって、信託が成立することになります。
法的には、信託契約書を公正証書化しなければならないというわけではありませんが、民事信託の実務では公正証書化することがほとんどです。
これはなぜかというと、信託財産たる金銭を管理するために金融機関で信託口口座を開設するのですが、この信託特有の機能を持つ口座の開設のためには、金融機関側が信託契約書が公正証書化されていることを求めるためです。
また、委託者が高齢者であるような場合には、委託者の判断能力が低下していない段階で信託が設定されたことを対外的に担保するために、信託契約書を公正証書化しておくことが多いといえます。
民事信託の設定方法としては、この信託契約がほとんどです。
遺言による信託とは、遺言で信託を設定する方法です。このときの遺言の方式については、民法に従った遺言である必要があります。
遺言の効力が生じたとき、すなわち遺言者が亡くなった時に、信託の効力も生じることになります。
自己信託とは、委託者が自分自身を受託者として、自己の財産を他人のために管理処分する意思表示をすることによって信託を設定するものです。ちょっと分かりにくいと思うのですが、「今日から私は、この私の財産の一部を信託財産として、私のためではなく、Aという信託目的のために管理運用することにします」という風に宣言するようなものなので、「信託宣言」とも呼ばれています。
この自己信託(信託宣言)は、設定方法として制限があり、公正証書その他の書面または電磁的記録によって信託設定の意思表示をしなければなりません(信託法3条3号)。
信託財産は受託者の所有名義になりますが、あくまでも受託者が預かっている(信じて託されている)財産であるため、受託者に対する債権者は、信託財産に対して強制執行をすることができず(信託法23条1項)、受託者が破産したとしても影響を受けません(信託法25条1項)。
例えるなら、親の財産を信託で受託した子に対してお金を貸していた友人が、信託財産である親の財産に対して強制執行をかけることはできず、また、子が破産したとしても信託財産には手をつけられないということです。
他方、信託財産は委託者の所有名義ではなくなるため、委託者の債権者も信託財産に対して強制執行を行うことはできず、委託者の破産も、信託財産に対しては影響しないことになります(なお、自益信託の場合には受益権を委託者が有することになりますので、この受益権は強制執行の対象になります)。
信託では、委託者が自ら希望した通りに、受益権を発生させることも、その受益権の内容を変更することも、消滅させることもできます。
また、委託者は、受益権の帰属先も自由に決めることができ、特定の受益者が亡くなった場合に、同じ内容の受益権を相続人に取得させることも、相続人以外の者に取得させることもできます。
信託は遺言の代わりにも使うことができ、信託でできることは色々とありますが、一番利用されているのは認知症対策の場面です。
高齢の親が認知症になってしまうと、その財産が活用できなくなります。
預金は引き出せなくなり、土地は新たに有効活用できなくなり、賃貸物件は適切な管理ができなくなります。
このことは、たとえ遺言を作成していても回避できませんし、成年後見人が就いた場合には余計なコストがかかると同時に、家庭裁判所の監督を受けて自由度の下がった保守的な管理しかできなくなります。
このようなデメリットを回避し、認知症になってしまった場合でも有効な財産の有効な利用ができるようにするために、信託を活用する必要があります。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。