身内が亡くなった際に、その相続人が気になることの1つに相続税が課税されるかどうかということがあります。相続税は、単純な計算式で導けるものではなく、いくつかのステップを踏んで、相続人ごとの税額が計算されます。当コラムでは、相続税の計算の考え方を架空のケースを題材にして概説します。
なお、当コラムは、令和3年11月1日時点で施行されている法令・通達とその解釈に基づいています。
【基本ケース】
・被相続人Aさんは、令和3年11月1日に亡くなった。
・相続人は、Aさんの配偶者B、実子C、普通養子DとEの計4人である。普通養子であるDとEは、いずれも被相続人及び配偶者の実子ではない(連れ子ではない)。
・遺産分割は、法定相続分に則って終了している。法定相続分は、Bさんが2分の1、実子Cと普通養子DとEがそれぞれ6分の1ずつである(民法900条1号、4号前段)。
・調査の結果、Aさんには現金6000万円、実子であるCさんになされた令和2年11月1日の生前贈与1000万円(非課税財産ではない。)、Aさんの借入金500万円があることが分かった。
相続税の計算は、非常に複雑です。いくつかのステップを踏んで、最終的な各相続人の相続税額が決まります。このステップは、以下の流れを辿ります。
相続人各人の課税価格を算出し、この課税価格の合計額を算出する。
課税価格の合計額から基礎控除額を控除し、課税遺産総額を算出する。
課税遺産総額を各相続人の法定相続分で割り付け、各相続人に課される税率で乗じた後、相続税の総額を算出する。
相続税の総額を相続人各人の課税価格に応じた割合で乗じ、各人ごとの加算控除を行って納付すべき相続税額を算出する。
字面を見ただけでも非常に複雑だなと感じると思います。基本ケースを参考にしつつ、各ステップの内容を見ていきましょう。
まずは、Bさんたちが相続で取得した財産の金額を各人ごとに計算する必要があります。Aさんが相続の際に遺した積極財産は、預金6000万円のみです。今回は、法定相続分で財産が分割されています。
Aさんの配偶者Bさんの法定相続分は2分の1です(民法900条1号)。そのため、Bさんは現金3000万円を受け取っています。Bさんの課税価格は、3000万円ということになります。
Aさんの実子Cさんの法定相続分は、2分の1を子3人で割った6分の1です(民法900条1号、4号前段)。そのため、Cさんは、現金1000万円を受け取っています。
ここで、Cさんは、令和2年11月1日にAさんから1000万円の贈与を受けています。Bさん、Dさん、Eさんからすれば、Aさんが亡くなる1年前に1000万円もの金銭を受け取っているCさんにもBさん、Dさん、Eさんと平等に相続税が課されることになると不公平さは否めないと考えられます。そのため、この生前に贈与を受けた1000万円をCさんの課税価格に含めるべきといえるでしょう。
相続税法では、亡くなった方(「被相続人」といいます。)が亡くなった日から3年以前に相続人に贈与した財産は全て、その相続人の課税価格に加算するという考え方を採っています。これを生前贈与加算といいます(相続税法19条1項)。この金額は、贈与時の価格になります。例えば、不動産を贈与した場合で、贈与時の価格が5000万円、相続時の価格(相続税評価額)が6000万円であったときは、この不動産の生前贈与加算の価格は贈与時の価格である5000万円になります。
したがって、Cさんの課税価格は、現金1000万円と生前贈与を受けた1000万円の計2000万円になります。
Aさんの普通養子DさんとEさんの各法定相続分は、2分の1を子3人で割った6分の1ずつです(民法900条1号、4号前段)。そのため、DさんとEさんは、それぞれ現金1000万円を受け取っています。DさんとEさんの課税価格は、それぞれ1000万円ということになります。
次に、BさんからEさんの課税価格を合計し、遺産に係る基礎控除額を控除して相続税が課税される遺産総額を算出する必要があります。
BさんからEさんの課税価格の合計は、Bさん3000万円、Cさん2000万円、Dさん1000万円、Eさん1000万円の総額7000万円です。
相続税法における遺産に係る基礎控除額は、「3000万円+600万円×法定相続人の数」です(相続税法15条1項)。Aさんの相続では、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんの4人が法定相続人になります。そのため、遺産に係る基礎控除額は5400万円のようにも思えます。しかし、DさんとEさんは普通養子ですので、特別な取扱いがなされます。実子と普通養子がいる場合、法定相続人の数として計上される普通養子の数は1人までとされています(同条2項1号)。このような取扱いがされているのは、普通養子を多く迎えることで遺産に係る基礎控除額を不当に高額にすることが可能になってしまうからです。したがって、Aさんの相続において、遺産に係る基礎控除額は4800万円(3000万円+600万円×3人(配偶者、実子1人、普通養子1人))となります。
Aさんには借入金500万円があります。相続税法において、亡くなった方の債務は、課税価格の合計額から控除されます。これを債務控除といいます(相続税法13条以下)。債務控除の内容には、借入金のような債務のほかにも、被相続人の支払うべき公租公課や被相続人の財産から生じた公租公課などがあります(相続税法13条1項1号)。つまり、被相続人の所得税、固定資産税などの税金が債務控除の内容になります。また、被相続人の葬式費用も債務控除の対象です(相続税法13条1項2号)。
したがって、借入金は債務控除の対象になるため、課税価格の合計額から借入金500万円が控除されます。
そして、課税価格の合計額から、遺産に係る基礎控除額を控除し、債務控除をした金額を課税遺産総額といいます。
Aさんの相続の場合、課税価格の合計額は7000万円、遺産に係る基礎控除額は4800万円、債務控除は500万円なので、課税遺産総額は1700万円となります。
ステップ3では、相続税の総額を算出していきます(相続税法16条)。
まずは、課税遺産総額を各相続人の法定相続分で割り付けていきます。課税遺産総額は1700万円ですので、Bさんは850万円(=1700万円×1/2)、CさんからEさんは283万3333円ずつとなり、1000円未満は切り捨てとなるので、283万3000円となります。
次に、相続税の総額の基となる金額を相続人各人ごとに算出します。相続人各人の金額が1000万円以下の場合には、税率を10%乗じることで、相続税の総額の基となる金額を算出することができます。そのため、Bさんは85万円、CさんからEさんは28万3300円となります。
そして、相続税の総額が算出されます。相続税の総額は、169万9900円(=85万円+28万3300円×3人)になります。
最後は、相続人各人が納付すべき相続税額を算出します(相続税法17条)。つまり、相続人各々が最終的に支払う相続税を計算していきます。
まずは各人の課税価格に応じた割合で、相続税の総額を割り付け、算出相続税額を計算します。Aさんの相続では、Bさんが3000万円、Cさんが2000万円、DさんとEさんが1000万円ずつになるので、Bさんが7分の3、Cさんが7分の2、DさんとEさんが各7分の1となります。そのため、169万9900円が上記割合で割り付けられるため、算出相続税額は、Bさんが72万8529円、Cさんが48万5685円、DさんとEさんが24万2843円ずつとなります。
民法上、配偶者は常に相続人になります(民法890条前段)。民法上でも配偶者は少々特別な扱いがなされているのです。これは、配偶者が被相続人のパートナーであったという事実が重要視されているのです。相続税法でも、配偶者には配偶者に対する相続税額の軽減という制度(相続税法19条の2)が設けられ、パートナーが亡くなった後の生計を守るために特別な控除制度が用意されているのです。
BさんはAさんの配偶者のため、配偶者に対する相続税額の軽減規定を適用するかどうか検討することになります。
同制度を適用する場合の計算式は、以下のとおりです(相続税法19条の2第1項第2号参照)。
(相続税の総額)×(課税価格の合計額のうち配偶者の法定相続分相当額(1億6000万円に満たない場合には1億6000万円)と配偶者の実際取得額とのうちいずれか少ない方の金額)÷(課税価格の合計額)
Aさんの相続では、Bさんに対する相続税額の軽減は、相続税の総額169万9900円×Bさんの実際取得額3000万円÷課税価格の合計額7000万円=72万8529円になります。この金額は、Bさんの算出相続税額と同額です。そのため、Bさんが納付すべき相続税額は、0円となります(相続税法19条の2第1項柱書)。
Cさんは、Aさんから生前贈与を受ける際に贈与税をAさんが納めています。Aさんが贈与税を払いCさんもAさんの相続財産から相続税を支弁するとなると、実質は、Aさんに二重に課税していることに他なりません。そのため、贈与税額控除という制度が用意されています(相続税法19条)。
AさんのCさんに対する贈与税額は(生前贈与1000万円-基礎控除110万円)×税率40%-125万円=231万円です(相続税法21条の5、租税特別措置法70条の2の4第1項、相続税法21条の7)。
Cさんの算出相続税額は48万5685円ですので、ここから231万円が控除されます。そのため、納付すべき相続税額は0円になります。
DさんとEさんには控除すべき内容はないので、24万2843円ずつが納付すべき相続税額となります。
相続税の正確な計算をするためには、相続税法だけではなく、特別法や通達で示された解釈などが影響します。また、控除や軽減措置を受けるには必要とされる資料も異なります。遺産の総額が基礎控除額を超えるような場合又は超えるかどうか微妙な場合には、税の専門家である税理士に相談してみましょう。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 弁護士
益田樹
■東京弁護士会
■東京弁護士会中小企業法律支援センター 委員
弁護士登録直後から、遺産相続、不動産関連事件を経験し、交渉や訴訟についても豊富な経験を有しております。