相続が開始された時に、相続人としては相続を承認するか放棄するかを選ぶことになりますし、承認する場合には、単純承認するか限定承認するかを決める必要があります(この点については、こちらのページ「単純承認・限定承認・相続放棄」を御確認ください)。
被相続人の遺産を相続するかどうかについては、基本的には相続人が選択することができるのですが、一定の場合には、相続を単純承認したとみなされてしまう場合があります。このことを法定単純承認といいます。
遺産の中に債務が多く含まれていることなどを理由に、相続放棄を検討していたにもかかわらず、単純承認したものとみなされてしまうと、被相続人が負担していた債務を引き継ぐことになりかねません。
そこで、そのような事態を防ぐために、どのような場合に法定単純承認が認められてしまうのかについて確認する必要があります。
このページでは、「法定単純承認」について解説させていただきます。
目次
まずは、法定単純承認について、民法の定めを確認したいと思います。
民法
(単純承認の効力)
第920条
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
(法定単純承認)
第921条
1項 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1号 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
2号 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
3号 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
単純承認とみなされる訳ですから、法定単純承認と認められた場合には、遺産に含まれる権利義務を全て承継することとなってしまいます。
相続人自身が単純承認を望んだ訳ではないのに、単純承認をしたものとみなされる場合について、民法第921条1号から3号が定めています。
1号は、相続人が相続財産を処分した場合には、相続人が相続を単純承認したとみなすことを定めています。
このような場合に単純承認したものとみなされるのは、相続を放棄するのであれば、遺産を処分することは許されないことになりますから、遺産を処分すること自体が、相続を承認することを黙示的な意思表示であると理解できる点にあります。また、第三者からすれば、遺産を処分している相続人がいた場合、その相続人は相続を承認したかのように見えるでしょうから、そのような第三者を保護する必要もあるのです。
しかしながら、民法921条1号は、「保存行為」にあたる場合には、遺産を処分した場合であっても、単純承認をしたものとはみなさない旨を定めています。
遺産を保存する目的の行為であれば、自分の財産として処分している訳ではありませんから、このような場合にまで、単純承認したとみなすべきではないことから、このような例外規定が設けられているのです。
しかし、遺産を処分したといえるかどうかの判断が極めて困難な場合もあり得ます。
例えば、福岡高等裁判所宮崎支判平成10年12月22日(家裁月報51巻5号49頁)は、宮崎家庭裁判所が「保存行為」にはあたらないとして相続人の相続放棄の申述を却下した審判を取り消しています。
この裁判では、死亡保険金受取人の指定がされないままに被相続人が亡くなってしまい、死亡保険金を被保険者の法定相続人に支払う旨の条項に従って、相続人が保険金を受領したことが、上述した1号に該当するかどうかが争われました。
福岡高裁宮崎支部は、保険金請求権は、被相続人死亡と同時に相続人たるべき者の固有財産となり、相続財産より離脱していることを理由に、遺産を処分したことにはならないと判示しています。
家庭裁判所と高等裁判所で判断を異にしている訳ですから、一般の方からすればなかなか判断することが難しい問題といえるでしょう。
限定承認や相続放棄を希望する場合には、家庭裁判所に対して相続開始を相続人が知った時から3カ月以内に申述を行う必要があります。
熟慮期間を制限しないと、いつまでも相続の問題を解決することができないので、3カ月の間に限定承認や相続放棄をしない場合には単純承認をしたものとみなすことにしているのです。
とはいえ3カ月では十分に検討できない場合もあり得ます。例えば、2020年から2021年にかけて新型コロナウイルス感染症が流行したこととの関係で、遺産の調査を十分に行えないケースが発生しました。このような場合には家庭裁判所に請求することで、熟慮期間を伸長することが可能です。
2号に該当してしまうのは、そのような手続きを経ることなく熟慮期間を経過してしまうケースです。
2号に該当するかどうかが問題となるのは、3カ月という熟慮期間の起算点に関する問題です。相続人が「相続の開始があったことを知った時」から3カ月で単純承認したものとみなされるのですが、どのような場合であれば「相続の開始があったことを知った」と認められてしまうのでしょうか。
この点について、最高裁判所昭和59年4月27日(民集38巻6号698頁)は、「相続人が…被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには…相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべき」と判示しています。
ですから、被相続人の死亡を知ってから3カ月が経過した後でも、相続放棄等を行うことが可能なケースもあるのです。
最後に3号について解説します。
限定承認や相続放棄の手続を適切に終えている場合であっても、相続財産を隠匿するなどの行為は、「限定承認手続の公正を害するものであるとともに、相続債権者等に対する背信的行為であって、そのような行為をした不誠実な相続人には限定承認の利益を与える必要はない」ために、単純承認をしたものとみなすこととされています(最高裁判所昭和61年3月20日 民集40巻2号450頁)。
この最高裁判例は、被相続人が自身の土地を二重売買していたことに起因する、一方の買主に対する損害賠償債務が財産目録に記載されていなかったことを理由に、限定承認の効果が否定されるかどうかが争われた事案です。
結論として、債務であっても、悪意で目録に記載しなかった場合には、3号によって単純承認したものとみなすものとされました。
通常の場合、「隠匿」と聞くと権利や財産を隠す行為をイメージしがちですが、債務を「隠匿」したと認められる場合であっても、限定承認や相続放棄の効果が否定されることになってしまうのです。
以上のとおり、相続人が単純承認を希望していないにもかかわらず、単純承認をしたものとみなされてしまうケースについて解説させていただきました。
限定承認や相続放棄の効果が否定されることになってしまうと、被相続人が負担していた債務も引き継ぐことになってしまいます。
遺産がないことが明らかに理解できるようなケースにおいては、相続放棄や限定承認を検討する必要性もないと思いますし、家庭裁判所に何らの申述や請求も行う必要のない相続が大半だとは思います。
しかしながら、後々になってみて、被相続人の債務を知らない間に引き継いでいるといった事態に陥らないように、十分に遺産の調査を行っておくことが望ましいといえるでしょう。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
岡本 裕明
■東京弁護士会 ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法研究部
主に刑事事件への対応を通じた交渉・訴訟の経験を豊富に有し、粘り強い交渉や緻密な書面で当事者間の対立が鋭い相続案件を解決してきた実績があります。所属する東京弁護士会では、信託業務を推進する信託PTや信託法研究部に所属し、日々の研鑽を通じて民事信託に関する豊富な知識を有しております。