相続時精算課税制度について

相続・遺言

はじめに

 生活環境の改善や医療技術の発展などにより、近時は人々の長寿化が進んでいる世の中になっています。裏を返すと、人々の高齢化が進んでおり、これに伴う様々な問題も浮上しているということになります。長生きする人が増えるということは、その分、その人の財産が次世代に承継されにくいということを表しています。財産が承継されにくいということは、取引市場にその人の財産が出回りにくいということであり、これにより社会経済活動の停滞が生じるという問題が生じます。この問題を解消するためには、高齢者の財産が市場に出回りやすくするような制度を構築する必要があります。この解消のために、平成15年の相続税法改正にて設けられた制度が、相続時精算課税制度(相続税法21条の9以下)です。

1 相続時精算課税制度の概要

 毎年1月1日から12月31日までの間に財産を贈与し、又は贈与したとみなされた合計額に対しては、贈与税が課税される対象となります。これを贈与税の暦年課税といいます。
 相続時精算課税制度は、財産の贈与時に同制度に係る贈与税額を納付し、贈与した方が亡くなった際にはそのときに生じた相続税から贈与時に支払った贈与税を控除して精算するというものです。この制度があることにより、実質をみると、相続時の相続税額の一部を前もって支払っておくことになるため、相続時に大金を支払わなければならないという状況を緩和することができます。これにより、取引市場に財産を出回りやすくするという狙いがあります。

 相続時精算課税制度を利用することができる人には限定があります。贈与により財産を取得した者がその贈与をした者の推定相続人(その贈与をした者の直系卑属である者のうちその年1月1日において20歳以上であるものに限る。)であり、かつ、その贈与をした者が同日において60歳以上の者である必要があります(相続税法21条の9第1項)。60歳以上の親が20歳以上の子に財産を贈与するパターン、60歳以上の方が20歳以上の孫に財産を贈与するパターンなどが考えられます。なお、令和4年4月1日以降は、20歳以上であるものから18歳以上であるものに引き下げられます。

 また、贈与を受けた者は、相続時精算課税制度を利用する旨の届出をする必要があります(相続税法21条の9第2項)。贈与を受けた者は、この届出を撤回することはできません(同条6項)。

2 相続時精算課税制度を利用した場合の課税関係のケース

 相続時精算課税制度を利用した場合の課税関係の一例を挙げてみましょう。当コラムは、相続時精算課税制度に関するコラムのため、事例を簡易化し、相続時精算課税制度の説明に焦点を当てます。なお、説明は、令和3年11月1日の法令・通達に基づきます。

 Ⅰ:65歳を迎えたAさんは、今後のことを考えて、35歳の子BさんにAさんの登記名義の土地(農地ではない。)を贈与することにしました。土地の価格は、贈与時における時価5000万円です。このほか、AさんがBさんに贈与税の対象となるものを贈与したことはありません。

 Ⅱ:70歳を迎えたAさんは、天寿を全う致しました。Aさんの配偶者は既に先立っており、相続人はBさんのみです。Aさんの相続財産は、預金が3000万円、現金が1600万円です。なお、Aさんが亡くなった時、土地の価格は相続税評価額で1億円になっていました。

 このケースにおいて、Bさんが相続時精算課税制度を利用して土地の贈与を受けていた場合(ⅠとⅡ)、Aさんが土地を贈与せずにBさんが相続によって土地を取得した場合(Ⅱのみ)について、それぞれ以下のような課税関係となります。

⑴ Aさんが生前に土地を贈与していなかった場合

 Bさんの相続税における課税価格は、預金3000万円、現金1600万円、土地が課税対象になります。相続時の土地の価格は、相続税評価額で1億円であり、相続人はBさん1人ですので、相続税の課税価格の合計額は1億4600万円になります。ここから、遺産に係る基礎控除額である3600万円(=3000万円+600万円×相続人の数1人)を控除した1億1000万円が課税遺産総額になります。相続人はBさん1人しかいませんので、この額からBさんの相続税額を算出することになります。この場合、税率40%を掛け、1700万円を控除することになるので、相続税額は2700万円となります。つまり、Bさんには2700万円の相続税が課されます。

⑵ Bさんが相続時精算課税制度を利用して土地の贈与を受けていた場合

 AさんのBさんに対する贈与時の土地の価格は5000万円です。ここから特別控除額2500万円を控除する(相続税法21条の12第1項1号)と、課税される贈与額は2500万円となります。これに相続時精算課税制度を利用した場合の税率20%(相続税法21条の13)を乗じた500万円が贈与税の金額となります。この贈与税は、Aさんが土地を贈与した年(Aさんが65歳の時)にAさんに課されることになります。
 Aさんが亡くなり、相続が開始した時において、相続税の課税対象は、預金3000万円、現金1600万円に加え、生前に贈与した土地も課税対象になります(相続税法21条の15第1項)。土地の価格は、贈与時の価格で5000万円ですので、相続税の課税価格の合計額は9600万円になります。相続時精算課税制度を利用した際の特徴は、贈与時の価格で土地の価格が評価されるということです。ここから、遺産に係る基礎控除額である3600万円(=3000万円+600万円×相続人の数1人)を控除した6000万円が課税遺産総額になります。相続人はBさん1人しかいませんので、この額からBさんの相続税額を算出することになります。この場合、税率30%を掛け、700万円を控除することになるので、相続税の総額が1100万円となります。そして、Bさんは、土地の贈与時にAさんが贈与税500万円を支払っていますので、1100万円から500万円を控除します。Bさんの相続税額は600万円になります。

3 終わりに

 相続時精算課税制度には、法定相続人と推定される者に生前に贈与をしておくことで前もって一定額の税額を納付しておき、相続時の税負担を軽減するメリットがある制度です。反面、贈与の対象となる物件は、贈与時の時価額で税額が算定されることになることから、物件の市場価格の推移が激しい場合には使いにくい制度でもあります。利用をするもしないも贈与を受ける側に選択権がありますが、長所と短所を知った上で税理士に相談し、利用の検討をしてみるとよいと思われます。

この記事を書いた弁護士

益田樹
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 弁護士

  • 益田樹

  • ■東京弁護士会
    ■東京弁護士会中小企業法律支援センター 委員

  • 弁護士登録直後から、遺産相続、不動産関連事件を経験し、交渉や訴訟についても豊富な経験を有しております。

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