故人の遺言に「○○に遺産をすべて相続させる」と書いてあっても、法定相続人は遺留分の請求により最低限の財産を取得できます。しかし、兄弟姉妹だけは相続人であっても遺留分が認められません。
「姉に子どもはいないから遺産を受け取れると思っていた」
「兄の世話をしたのに何ももらえないのはおかしい」
などと納得のいかない方もいらっしゃるでしょう。
兄弟に遺留分は認められないものの、事情によっては遺産の一部を受け取れる可能性もあります。
この記事では、
●そもそも遺留分とは?
●遺留分が兄弟に認められていない理由
●遺留分のない兄弟が遺産を獲得できる4つのケース
などについて解説しています。
ご兄弟を亡くされた方が知っておきたい内容となっていますので、ぜひ最後までお読みください。
目次
まずは、遺留分の制度目的や具体的な内容をご紹介します。
遺留分は、故人の遺産について、相続人が取得できる最低限の割合を保障する制度です。
たとえば、妻と子1人がいる男性が「子にすべての遺産を相続させる」旨の遺言を書いて亡くなったケースを考えます。
このままでは、残された妻は遺産を一切受け取れません。夫の財産で暮らしていたとすれば、妻は今後の生活に困ってしまいます。また、これまでの夫の財産形成に対する貢献も無視されかねません。
そこで、遺留分制度により、妻は遺産のうち一定割合については取得を請求できるとされています。
遺産の行方は故人が自由に決められるのが原則です。とはいえ、遺族が生活に困ったり、故人の財産形成への遺族の貢献を無視したりするのも適切とはいえません。故人の財産処分の自由と相続人保護のバランスをとるために存在しているのが、遺留分制度だといえます。
では、遺留分は誰に認められるのでしょうか。
前提として、遺留分は法定相続人にしか認められません。
法定相続人の範囲は以下のルールで決まります。
1.配偶者(夫や妻)は必ず相続人になる
2.以下のうち、最も順位が上の人も相続人になる
●第1順位:子
※子が死亡している場合は孫、孫も死亡していればひ孫
●第2順位:両親
※両親が死亡している場合は祖父母、祖父母も死亡していれば曾祖父母
●第3順位:兄弟姉妹
※兄弟姉妹が死亡している場合は甥、姪
たとえば、故人に子がいない場合には両親が相続人です。さらに両親(祖父母、曾祖父母含む)がいずれも他界していれば、兄弟姉妹が相続人になります。
相続人のパターンに応じて、以下のとおり法定相続分(受け取れる遺産の基本的な割合)が定められています。
法定相続人 | 法定相続分 |
---|---|
配偶者のみ | 配偶者:1(すべて) |
配偶者+子 | 配偶者:1/2 |
子:1/2 | |
配偶者+両親 | 配偶者:2/3 |
両親:1/3 | |
配偶者+兄弟姉妹 | 配偶者:3/4 |
兄弟姉妹:1/4 | |
子のみ | 子:1(すべて) |
両親のみ | 両親:1(すべて) |
兄弟姉妹のみ | 兄弟姉妹:1(すべて) |
同じ順位の法定相続人が複数いる場合には、均等に割ります。
たとえば、法定相続人が配偶者と子2人のケースだと、法定相続分は
●配偶者:1/2
●子:1/4(=1/2×1/2)ずつ
です。
法定相続人のうち、遺留分が保障されているのは
●配偶者
●子(孫・ひ孫含む)
●両親(祖父母、曾祖父母含む)
のみです。
故人に子や両親がいないと、兄弟姉妹が法定相続人になります。しかし、兄弟姉妹は法定相続人となった場合でも遺留分が認められていません(民法1042条)。
したがって、故人が「妻(夫)にすべての財産を相続させる」旨の遺言を残していた場合、兄弟姉妹は最低限の保障である遺留分も請求できず、一切遺産を受け取れなくなってしまいます。
遺留分として請求できる割合は、個々の法定相続分に以下の割合を掛けたものになります。
●法定相続人が両親のみの場合 :1/3
●それ以外の場合 :1/2
相続人のパターンごとに分けると、故人の財産のうち以下の割合だけ遺留分として請求が可能です。
法定相続人 | 遺留分の割合 |
---|---|
配偶者のみ | 1/2(=1×1/2) |
配偶者+子 | 配偶者:1/4(=1/2×1/2) |
子 :1/4(=1/2×1/2) | |
配偶者+両親 | 配偶者:1/3(=2/3×1/2) |
両親 :1/6(=1/3×1/2) | |
配偶者+兄弟姉妹 | 配偶者 :1/2 |
兄弟姉妹:なし | |
子のみ | 1/2(=1×1/2) |
両親のみ | 1/3(=1×1/3) |
兄弟姉妹のみ | なし |
同じ順位の相続人が複数いれば均等に割ります。
たとえば、法定相続人が配偶者と両親2人であれば、遺留分の割合は
●配偶者 :1/3(=2/3×1/2)
●両親 :1/12(=1/3×1/2×1/2)ずつ
です。
では、なぜ兄弟は法定相続人となっても遺留分が認められないのでしょうか。
理由としては以下の3つが考えられます。
まずは、兄弟は配偶者・子・両親と比べて被相続人(故人)との関係が法律上遠い点が挙げられます。
親族関係の近さは「親等」で表され、子や両親は1親等です。配偶者は親等では表しませんが、いわば0親等の関係にあります。それに対して、兄弟は2親等にあたり、親戚関係が配偶者・子・両親と比べて遠いといえます。
また、我が国の相続制度は直系を優先しており、配偶者以外に相続人になるのは子(孫・ひ孫)、子がいない場合には両親です。兄弟の優先順位は低く、相続人となるのは直系がいないケースにおける例外といえるため、遺留分も認められていないと考えられます。
甥(おい)や姪(めい)が代襲相続する可能性がある点も、兄弟に遺留分が認められていない理由のひとつです。
代襲相続とは、相続人になるはずだった人が既に死亡している場合に、その子が権利を引き継いで相続する制度です。たとえば、被相続人である親よりも子が先に死亡していた場合、子の相続権は孫に移ります。
代襲相続は兄弟姉妹にも認められています。したがって、子も両親もいない人が亡くなって相続が始まる場合、兄弟姉妹も既に死亡していれば、その子である甥・姪が相続権を有します。
しかし、故人にとって、一般的に甥や姪は近い関係とは言い難いでしょう。関わりの薄かった甥や姪が遺留分を主張できれば、配偶者や他のお世話になった人に財産を渡そうとした故人の遺志がないがしろにされてしまいます。
兄弟を代襲相続できる甥や姪が遺言の実現を妨げる事態を防ぐのも、兄弟に遺留分を認めていない理由と考えられます。
現実的な理由としては、兄弟姉妹に遺留分を認める必要が薄い点が挙げられます。
遺留分制度の重要な目的は、生活に困る相続人の保護です。生計を支えていた被相続人の死亡により、配偶者や子は大きな経済的打撃を受けるとイメージできるでしょう。
しかし、一般的には兄弟姉妹は別の家庭を持っていて生計をともにしておらず、経済的に自立していると想定されます。被相続人の死亡により兄弟姉妹が経済的に困窮する事態は少なく、生活を保護する必要性は高いとはいえません。ゆえに、兄弟姉妹に遺留分は認められていないと考えられます。
ここまで、兄弟に遺留分がないこと及びその理由を解説してきました。
もっとも、兄弟が遺産を獲得できるケースもあります。遺留分のない兄弟が遺産を獲得できる4つのケースをご紹介します。
「兄弟に財産を残す」旨の遺言があれば、内容に応じて兄弟が遺産を獲得できます。故人は原則として遺産を自由に処分できるため、当然こうした遺言も可能です。兄弟が法定相続人でなくても構いません。
もっとも、受け取る財産が配偶者・子・親の遺留分を超える場合には、遺留分侵害請求をされてしまう可能性がある点には注意してください。
そもそも、このケースは生前の対策が必要であり、亡くなった後にはとれない方法です。
「妻に全財産を相続させる」といった遺言がある場合でも、兄弟が法定相続人であれば、遺言の無効を主張して遺産を獲得できる可能性があります。遺言無効の訴えなどを通じて遺言が無効とされれば、法定相続分にしたがって遺産を受け取れます。
遺言の効力が無効とされるパターンは主に以下の3つです。
まずは、遺言書が「法律で定められた形式を満たしていない」として無効になる可能性があります。特に、遺言書が自筆証書遺言である場合に問題になりやすいです。
自筆証書遺言が無効になるケースとしては、以下が挙げられます。
●本文がパソコンで作成されている
●日付が記載されていない、特定されていない
●署名や押印がない
●訂正方法が誤っている
遺言書の形式面を確認し、違反がないかを確認してみてください。
次に「遺言書が偽造・変造されている」との主張も考えられます。こちらも自筆証書遺言で問題になります。
たとえば次の事情があれば、遺言書が本人以外によって作成された、あるいは内容が変えられた可能性があるでしょう。
●明らかに本人の筆跡ではない
●遺言を書ける状態ではなかったはずだ
●遺言書が出てきた経緯が不自然
遺言能力がない人が書いた遺言も無効になります。遺言能力とは、遺言の内容や遺言によりもたらされる結果を理解する能力です。
基本的には15歳以上であれば認められますが、認知症の進行などにより遺言能力が否定されるケースもあります。病気の進行具合によりますが、故人が認知症であった場合には遺言能力の有無の検討が必要です。
兄弟が遺産を獲得できるパターンとしては、寄与分が認められるケースもあります。
寄与分とは、相続人の中に、故人の財産の維持や増加に貢献した人がいた場合に、貢献度合いに応じて遺産の分け前を増やす制度です。
たとえば、
●故人が営んでいた事業に無償で協力していた
●生活の多くを故人の介護に費やした
●故人の財産の管理をしていた
といったケースで寄与分が認められる可能性があります。
もっとも、寄与分が認められるハードルは高く、単に「通院のために病院に連れて行っただけ」など、親族として通常するべき援助では不十分です。
また、寄与分があっても遺贈の方が優先されるため「すべての財産を妻に渡す」といった遺言があれば寄与分は認められません。
寄与分と似た制度に、特別寄与料があります。
特別寄与料とは、「相続人以外の」親族が故人の財産の維持・増加に特別に貢献した場合に、貢献度合いに応じて請求できる金銭です。近年の法改正により導入され、2019年7月1日以降に開始した相続に適用されます。
寄与分との大きな違いは、寄与分は法定相続人でないと生じないのに対し、特別寄与料は相続人以外の親族が請求できる点です。「遠くに住む子の代わりに、兄の面倒を見ていた」というケースでも請求できます。
特別寄与料の金額については、まず当事者で話し合いを行い、決まらなければ裁判所での手続きで決まります。
特別寄与料は、兄弟が法定相続人でない場合にも請求可能な点で、寄与分を補完する制度です。ただし、寄与分の場合と同様に遺贈の方が優先されるため「すべての財産を子に渡す」といった遺言があれば特別寄与料は認められません。
ここまで、兄弟に遺留分が認められていない理由や、兄弟が遺産を受け取れるケースなどについて解説してきました。
兄弟には遺留分が認められていないため、法定相続人であっても遺産を一切受け取れない場合があります。もっとも、遺言の無効を主張するなどして遺産を獲得できる可能性もゼロではありません。
遺言の無効要件や寄与分の有無は法律上線引きが難しく、専門家でないと判断できないケースもあります。また、判断できたとしても相手が納得しなければ、面倒な裁判所での手続きが必要です。
法的な判断がつかない方や、手続きを自分で進めるのに不安がある方は、お気軽にダーウィン法律事務所までご相談ください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。