民事信託(家族信託)では、委託者より先に受託者が亡くなる可能性があります。
受託者が死亡しても、原則として信託は終了しません。もっとも、新受託者が必要になり、不在の状態が1年間続くと信託が終了してしまいます。
不測の事態が生じた際にすべきことを知っておくとともに、事前にできる対策も検討するとよいでしょう。
この記事では、
などについて解説しています。
信託に関わる方に知っておいて欲しい内容となっていますので、ぜひ最後までお読みください。
目次
受託者が個人のときは、死亡によって任務が終了します(信託法56条1項1号)。亡くなれば受託者の職務はできないので、ある意味当然です。
しかし、受託者が死亡したからといって、直ちに信託そのものが終了するわけではありません。民事信託は委託者の財産管理を目的としており、受託者の死亡により直ちに終了させると目的が達成できなくなってしまうためです。
たとえば、親の認知症対策のために、親を委託者兼受益者、子を受託者として信託を設定する典型的なケースで考えましょう。先に受託者である子が死亡したとしても、親が認知症になって財産を管理できなくなるリスクは変わりません。にもかかわらず子の死亡によって信託自体を終了させると、親の財産管理問題が宙に浮いてしまいます。
信託の終了事由について定めた信託法163条でも、「受託者の死亡」は挙げられていません。後述するいずれかの方法によって選ばれた人が新受託者に就任すれば、信託は続けられます。
受託者が死亡しても原則として信託は終了しませんが、例外的に終了するケースもあります。
たとえば、信託契約において「受託者が死亡した際には信託を終了する」旨を定めていれば、規定にしたがって終了します(信託法163条9号)。
また、新受託者が就任しない状態が1年間継続したときにも、信託は終了します(信託法163条3号)。委託者の意に反して終了する事態を避けるためには、早めに新受託者を選任しなければなりません。
まず知っておいて欲しいのが、信託財産は相続の対象にはならない点です。
信託の対象になった財産の所有権は、委託者から受託者に移ります。しかし、形式的に所有権が移転するだけであり、受託者自身の固有財産とは別に扱われます。したがって、受託者が死亡したとしても、信託財産は相続の対象にはなりません。
信託財産は、相続人ではなく、新たに受託者になった人へと引き継がれます。
信託財産と同様に、受託者としての地位も相続されません。受託者は委託者からの個人的な信頼に基づいて財産管理を任されているため、相続人に地位は引き継がれないとされます。
もっとも、相続人が何もしなくていいわけではありません。円滑に信託を引き継ぐために、相続人は以下の義務を負っています(信託法60条1項、2項)。
受託者が死亡した旨を受益者へと通知する
新受託者に引き継ぐまで信託財産を保管する
信託事務の引き継ぎに必要な行為をする
受益者への通知を怠った場合には「100万円以下の過料」というペナルティも規定されています(信託法270条1項1号)。「新受託者以外は関係ない」と考えずに、相続人は引き継ぎに協力しましょう。
信託契約において、後継受託者を事前に指定しておけます。あらかじめ契約で決めておけば、不測の事態が生じた際にもスムーズに対応が可能です。
たとえば、父が委託者兼受益者、長男が受託者のときに、次男を後継受託者として定めておけます。指定できるのは1人に限られていないので、優先順位をつけて複数の人を候補者にしておくことも可能です。
他に、指定方法を決めておく選択肢もあります。「受託者が死亡した際には、信託監督人である弁護士が新受託者を選任する」といったやり方です。
注意して欲しいのが、契約で指定したからといって、指定された人が新受託者になるとは限らない点です。候補者が承諾しないときには、受託者には就任しません。確実に就任してもらうには、事前に伝えて了承を得ておくのが望ましいです。何らかの事情で事前に知らせるのが難しいのであれば、複数の人を指定しておく方法も考えられます。
いずれにせよ、後継受託者を事前に決めていればスムーズです。
契約で指定されていなかった、あるいは指定された人が断った場合には、委託者と受益者の合意によって新受託者を選任できます(信託法62条1項)。
民事信託においては、多くのケースで委託者が受益者を兼ねており、そのときは委託者(兼受益者)の判断で新受託者を選べます。ただし、契約で決めていた場合と同様に、選ばれた人が断れば受託者には就任しません。
すでに委託者がいないときには、受益者が単独で選任できます(信託法62条8項)
委託者と受益者が別で話し合いがまとまらない、委託者兼受益者がすでに認知症で判断能力がないといったケースもあるでしょう。
必要があると認められるときには、裁判所に新受託者を決めてもらうことも可能です(信託法62条4項)。利害関係人が申立てをし、裁判所が選任します。
受託者が交代すると不動産の所有者が変わるため、所有権移転登記をしなければなりません。
通常であれば、受託者の変更時の登記申請は、前受託者と新受託者が共同して行います(不動産登記法60条)。もっとも、受託者が死亡した際には共同して行うのが不可能であるため、新受託者が単独で行えます(不動産登記法100条)。
実質的な権利者は変わっていないため、受託者の変更による所有権移転登記には登録免許税はかかりません(登録免許税法7条1項3号)。
信託における登記について詳しくは、以下の記事で解説しています。
参考記事:信託で登記は必要?記載内容や必要な場面、注意点を解説
金融機関で信託口口座を開設しているときには、そのまま新受託者への引継ぎが可能です。通帳やキャッシュカードを引き継いだうえで、金融機関に確認して必要書類を提出します。
金融機関が対応していないなどの理由で信託口口座を開設しておらず、受託者個人名義の口座を信託に利用しているケースもあるでしょう。信託口口座以外で金銭を管理していた場合には、受託者の死亡により口座が凍結され、通常の相続手続きが必要になります。いったん解約したうえで新受託者名義の口座を新たに開設して入金するなど、手間がかかります。相続人の協力も不可欠です。
スムーズに預金を引き継ぐには、信託口口座を開設しておくのがベストです。
受託者の死亡に備えるためには、後継受託者を指定しておく方法があります。信託契約に記載しておけば、後継受託者の指名が可能です。
配偶者や兄弟姉妹といった同世代を受託者にしているときは、早くに亡くなるリスクが高いです。たとえ子などの若い世代が受託者であっても、不測の事態が生じる可能性はゼロではありません。たとえば、子が受託者のときには、他の子、孫、甥姪などを後継受託者にしておくとよいでしょう。
特に何世代にもわたる財産承継を信託で定めるときには、期間が長くなるため後継受託者を置く必要性が高まります。
なお、契約で指定していても就任を断られる場合があります。事前に伝えて承諾を得ておくと安心です。
受託者の死亡に備えるために、法人を受託者にする方法もあります。民事信託のために一般社団法人を設立して、受託者にすることが可能です。
法人であれば、構成員の誰かが亡くなっても存続します。受託者の変更手続きが不要であり、死亡によって受託者が不在となる事態も避けられます。信託が長期間に及ぶと想定されるケースなどでは、有効な方法です。
法人を受託者にする信託について詳しくは、以下の記事を参照してください。
参考記事:民事信託(家族信託)で法人を受託者にするメリットや事例
ここまで、民事信託で受託者が死亡した際にすべきこと、新受託者の決め方、事前に備える方法などについて解説してきました。
受託者が死亡しても、原則として信託は終了しません。新受託者を選んで信託財産を引き継ぐ必要があります。事前に信託契約で後継受託者を指定しておくとスムーズです。
信託の利用を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
民事信託は比較的新しい制度で仕組みが複雑であるため、弁護士であっても詳しいとは限りません。当事務所は民事信託に力を入れており、取り扱い経験が豊富です。現在の状況をお聞きしたうえで、希望を実現できる方法をオーダーメイドでご提案いたします。受託者の死亡に備えることも可能です。
「不安なく信託を始めたい」とお考えの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。