「他の相続人が遺産を勝手に使い込んでいた」とお困りでしょうか?
故人の遺産が生前あるいは死後に使い込まれてしまい、相続人の間でトラブルが発生するケースがしばしばあります。無断で使い込まれた結果、ご自身の遺産の取り分が減るのは納得できないでしょう。
しかし、遺産の使い込みに関する証明ができず、泣き寝入りせざるを得ないケースも少なくありません。証拠になるものや取り戻す方法を知っておき、公平な相続ができるようにしましょう。
この記事では、
●遺産使い込みの具体例
●遺産使い込みの証拠と調査方法
●使い込まれた遺産を取り戻す方法
などについて解説しています。
「他の相続人が遺産を無断で使い込んでいたようだ」と疑いをお持ちの方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
「遺産の使い込み」と一口にいっても、様々なケースが想定されます。まずは遺産使い込みのバリエーションをご紹介します。
もっとも典型的なのは、故人名義の預貯金の無断引き出しです。
預金の引き出しは、基本的に名義人本人にしか認められていません。しかし、キャッシュカードと暗証番号があれば、事実上引き出しが可能です。故人と同居していた相続人であれば、比較的簡単に引き出せてしまいます。
引き出した預金を、故人の生活費や医療費など正当な用途に使用していたならまだしも、自分のために使用しているケースも珍しくありません。自分のために使っていれば、使い込みに該当します。
故人名義の証券口座で、勝手に株式取引をする場合もあります。
もちろん、株式取引も他人が勝手にしてはなりません。しかし、ネット証券であれば、口座番号やパスワードがわかれば取引が可能です。勝手に株式を売却し、得た現金を自分のために使い込んでいるケースが考えられます。
生命保険を使い込む事例もあります。勝手に生命保険を解約し、解約返戻金を自分のものにするケースです。
故人名義の不動産があるときには、無断で売却する例もあります。
不動産取引では実印が必要ですが、勝手に持ち出して、相手に気づかれずに契約をする可能性も否定できません。売却で得た資金を自分のために使い込むケースが想定されます。
収益用の不動産があれば、賃料が横領される事態もあり得ます。現金で賃料を受け取ったり、振り込まれた賃料を着服したりするケースです。
多額の遺産が使い込まれていれば、残りの遺産は大幅に減少します。取り分が減ってしまう他の相続人としては「使い込まれた分を取り戻したい」とお考えになるでしょう。
もっとも、使い込みを示す証拠がなければ、追及するのは困難です。証拠になるものとしては、以下が挙げられます。
取引や金の動きを示す証拠は不可欠です。証拠となる書類の例としては、以下が挙げられます。
●預貯金通帳、預金口座の取引履歴
●証券口座の取引履歴
●不動産の売買契約書、全部事項証明書
これらの証拠から、故人の財産が不自然に流出している事実を示さなければなりません。たとえば、特に故人が必要とする事情がないのに、預貯金口座から何度も高額の引き出しがあれば、使い込みが疑われます。
使い込みが疑われる時期における故人の健康状態を示す書類も、有効な証拠となります。
●病院のカルテ
●医師が作成した診断書
●介護記録
医療や介護の記録から当時認知症になっていた事実が明らかになれば、取引や金の移動が故人の意思とは無関係であったことの証明が可能です。
では、上記の証拠はどのように調査すればよいのでしょうか?
まず考えられるのが、自ら証拠を集める方法です。
相続人であれば、預貯金口座の取引履歴などを取得できます。詳しい手続きは、口座のある金融機関にお問い合わせください。預金の動きがわかれば、不自然な引き出しも発見できるはずです。
もっとも、証拠収集には手間がかかります。そもそも、使い込みをした人の協力がないと集まらない証拠もあり、自力ですべて調べるのは容易ではありません。
弁護士に依頼して、証拠を集めてもらう方法もあります。
弁護士は「弁護士照会制度」を利用して、一般の方では収集しづらい証拠でも入手が可能です。集めるべき証拠の検討から、収集手続き、証拠の分析、法的主張の組み立てまで一貫して任せられます。
集めるべき証拠が多いケースや、自分では得られない証拠があるケースでは、弁護士への依頼が有効です。
場合によっては、裁判所に調査してもらえる可能性もあります。
裁判所による調査では、使い込みをした本人の口座など、弁護士でも調査が困難な証拠についても調べることが可能です。
もっとも、調査をしてもらう前提として、裁判所へ訴訟を提起しなければなりません。手続きが面倒であり、法律に詳しくない方にとってはハードルが高いといえるでしょう。
証拠が集まったら、遺産を取り戻すために、使い込みをしている人に請求する必要があります。請求する際には以下の方法を利用します。
一般的には、まず使い込みをした本人と話し合いをします。話し合いの際には、証拠を元に使い込んだ時期や金額を示してください。
明確な証拠があれば、相手が使い込みの事実を認めて返還に応じるかもしれません。話し合いで解決すれば、時間や手間を削減できます。
もっとも、現実には認めてくれないケースも多いです。原因としては、不正な使い込みをしている自覚がない、故人の面倒を見ていなかった他の相続人に対して不満を抱えているなどが考えられます。
話し合いが難しければ、裁判所を利用した手続きを検討します。
相続の争いでよく利用されるのが、遺産分割調停です。調停とは、裁判所において調停委員を間に挟んで行う話し合いをいいます。
調停で合意できて調停調書を作成すれば、訴訟の判決と同様の法的効力を有します。当事者だけでは解決が難しくても、調停委員という第三者が入ることで、冷静に話し合えるケースも少なくありません。
もっとも、故人が亡くなる前にされた使い込みについては、本来は遺産分割調停の対象ではありません。
遺産分割調停を進めるにあたっては、遺産の範囲に関する認識が相続人の間で固まっていることが前提となります。使い込みがあったかは遺産の範囲に関する問題であるため、訴訟により確定すべきとされています。生前の使い込みの問題は、基本的には遺産分割調停で扱う対象とならないのです。
これに対して、死後になされた使い込みについては、以下の規定により遺産分割調停の対象にできます。
故人の死後、遺産分割をする前に遺産の使い込みをした相続人がいるケースでは、他の相続人全員の同意がとれれば、使い込まれた財産も遺産分割の対象に含めることが可能です。使い込みが疑われている相続人が事実を認めている、あるいは客観的に使い込みの事実が明らかであるようなケースが該当します。
したがって、死後に使い込みがあった場合には、他の相続人全員が同意すれば遺産分割調停での話し合いが可能です。
生前の使い込みや、死後の使い込みで民法906条の2に記された条件に該当しない場合については、訴訟で解決する必要があります。使い込みの事実の有無を、訴訟の場ではっきりさせるのです。
訴訟で請求する際の法的根拠としては「不当利得」と「不法行為」が考えられます。一般の方が考える際にはそれほど厳密に理解する必要はありませんが、両者は時効期間などの点で違いがあります。
不当利得とは、法律上の原因がないのに受けた利益です(民法703条)。不当利得の発生により損失を被った人は、利益を得た人に対して、利益の返還請求ができます。
遺産の使い込みをした人は、使い込んだ財産を得る権利が法律上ないのに、不当に利益を得ています。したがって、遺産の減少という損失を被った人は、不当利得返還請求が可能です。
不当利得返還請求権は「権利を行使できることを知った時から5年」あるいは「権利を行使できる時から10年」で時効により消滅します(民法166条1項)。
不法行為に基づく損害賠償請求
不法行為とは、違法行為によって他人の権利を侵害することです(民法709条)。権利侵害によって損害を受けた人は、不法行為をした人に対して損害賠償請求ができます。
遺産の使い込みをした人は、権限がないのに故人の財産を自分のために使い込んでいるため、通常は不法行為が認められます。それによって遺産の減少という損害を受けた人は、使い込みをした人に損害賠償請求が可能です。
不法行為に基づく損害賠償請求権は「損害及び加害者を知った時から3年」で時効により消滅します(民法724条1号)。
遺産の使い込みが疑われる場合でも、遺産を取り戻せるとは限りません。
使い込まれた遺産を取り戻せないケースや対処法について解説します。
手をつけた人がすべて使い込んでいて、他にめぼしい財産がなければ、遺産を取り戻すのは困難です。いくら証拠が揃っていて訴訟で勝訴できたとしても、現実に財産を受け取れないのであれば、かけた時間や費用が無駄になってしまいます。
そうならないようにするには、財産をすべて使い込まれる前に、早めに動くのが肝心です。訴訟を起こす前に、相手の財産状況を確認しておくのも重要になります。
不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権には、時効があります。
不当利得返還請求権の時効期間は「権利を行使できることを知った時から5年」あるいは「権利を行使できる時から10年」です(民法166条1項)。いずれか早い方で時効にかかるため、たとえ何も知らなくても、使い込みがあった時から10年が経過すると請求できなくなってしまいます。
不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間は「損害及び加害者を知った時から3年」です(民法724条1号)。
時効期間を過ぎると、請求権は消滅します。時効が迫っているときには、訴訟を起こすなどして時効の完成を阻止しなければなりません。時効にかからないように、早めに対応してください。
「使い込んだに違いない」と考えていても、証拠が十分になければ、勝訴できません。話し合いであっても、証拠がなければ相手は認めてくれないでしょう。
相手から、故人の生活費や医療費に使っていたことを示す証拠が出される可能性もあります。自分の主張を法的に認めてもらうには、相手の言い分を崩す証拠の存在が重要です。
使い込みと認められなくても、故人の意思に基づいて財産が移転した場合には、特別受益が認められる可能性があります(民法903条)。
特別受益とは、一部の相続人が故人から遺贈や生前贈与により受け取った利益です。
たとえば、特定の相続人だけが不動産購入のために資金提供を受けると、特別受益になる可能性があります。特別受益があった場合には、相続の際に取り分を調整できます。
もっとも、特別受益が認められるケースは限定されており、故人から贈与があったからといって特別受益になるとは限りません。
参考記事:特別受益が認められるケースは?計算方法や遺産分割の流れも解説
遺産の使い込みを疑っている方は、弁護士への依頼をご検討ください。弁護士へ依頼すると以下のメリットがあります。
弁護士は、使い込みの証拠の収集活動を行います。
自力で証拠を集めようとしても、場合によっては大変な手間がかかります。そもそも「何を入手すればいいのかわからない」という方も少なくないでしょう。
弁護士に依頼すれば、必要な証拠を検討したうえで、弁護士照会制度を活用しつつ、一般の方では収集が難しい証拠も獲得できます。
トラブルが生じている相手とのやりとりを、ストレスに感じる方も多いのではないでしょうか。感情的対立が高まっている状況である以上、冷静に話し合いをするのは困難なはずです。
弁護士に交渉を任せれば、やりとりをするストレスから解放されます。加えて、弁護士が入ったことで、相手があわてて対応してくるケースがある点もメリットです。
話し合いがまとまらずに訴訟になると、慣れていない方にとっては手続きが大きな負担になります。
もちろん、弁護士は訴訟のプロです。安心して裁判所への対応を任せられます。
使い込みの問題は遺産の範囲に関するものであり、基本的には遺産分割の前提問題に過ぎません。使い込みについて解決しても、その後に相続人全員による遺産分割協議が必要になります。
一度トラブルが生じている相続人同士で、冷静に話し合うのは難しいでしょう。弁護士は遺産分割協議もサポートするため、最終的な解決まで導いてもらえます。
ここまで、遺産の使い込みについて、具体例、証拠、取り戻す方法などについて解説してきました。
使い込まれた遺産を取り戻すには、証拠を揃えた上で、話し合いや訴訟をする必要があります。証拠の散逸や時効の完成を防ぐためには、早めの行動が肝心です。
当事務所は相続問題に注力しており、遺産の使い込みについても数多くの解決事例がございます。「他の相続人に遺産を使い込まれた」とお悩みの方は、まずはお気軽にご相談ください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。