故人の遺産のうち自宅が占める割合が大きいと、残された配偶者が困ってしまうケースがあります。「自宅しか相続できないと生活費が足りない」「お金が足りず自宅を売るしかない」などとお悩みの方もいらっしゃるでしょう。
そこで活用を検討したいのが「配偶者居住権」です。自宅の所有権でなく、配偶者居住権だけを相続すれば、うまく遺産を分配できる可能性があります。
とはいえ、配偶者居住権は新しい制度であるため、なじみのない方も多いのではないでしょうか。
この記事では、
●配偶者居住権とは?
●配偶者居住権の成立要件
●配偶者居住権のメリット・デメリット
などについて解説しています。
パートナーの死後も自宅に住み続けたい場合に役に立つ内容となっていますので、ぜひ最後までお読みください。
目次
まずは、配偶者居住権の基本的な意味や導入された理由を解説します。
配偶者居住権とは、故人が所有していた建物に配偶者が無償で住み続けられる権利です(民法1028条以下)。遺言に書かれていたり、相続人同士の話し合いで合意したりすれば、配偶者居住権の設定が可能です。
配偶者居住権を設定したときには、建物の権利が「配偶者居住権」と「所有権」に分かれます。配偶者が住む権利である「配偶者居住権」を、他の相続人が居住以外の「所有権」を有する形です。
配偶者居住権の制度は、2018年の法改正で導入されました。2020年4月以降に亡くなった人の相続に適用されています。
配偶者居住権が導入されたのは、故人の死後に、残された配偶者が長期的に住む場所とお金を確保できるようにするためです。
従来、遺産のうち自宅の占める割合が大きいケースでは、配偶者が自宅を相続しようとすると、他に受け取れる財産が少なくなる問題がありました。
たとえば、以下のケースを考えましょう。
●男性が亡くなり、相続人は妻と子1人(法定相続分は1/2ずつ)
●遺産は自宅(評価額2000万円)と預貯金2000万円の計4000万円
遺産を法定相続分通りに分けるとすると、妻と子で2000万円ずつになります。
妻が住み慣れた場所に住み続けようとして自宅を相続すると、それだけで2000万円の相続分がいっぱいになります。したがって、残りの預貯金2000万円は子のものです。
しかし、預貯金を相続できない妻に十分な財産がなければ、住む場所が確保できても今後の生活に困りかねません。
そこで配偶者居住権の利用が有効です。
配偶者居住権を設定して、自宅の権利を配偶者居住権とその他の所有権に分けます。配偶者居住権は住むだけの権利であるため、自宅全体よりも金銭的価値は低くなります。
配偶者居住権とその他所有権の価値はケースごとに評価が必要ですが、仮にそれぞれ1000万円ずつとしましょう。
妻が相続する配偶者居住権の価値は1000万円しかないため、残り1000万円分の預貯金も相続できます。結果として、住む場所も今後の生活費も確保できるのです。
まとめると以下の通りです。
配偶者居住権なし | 配偶者居住権あり | |
---|---|---|
妻 | 自宅(権利すべて)2000万円 | 自宅(配偶者居住権)1000万円 預貯金 1000万円 |
子 | 預貯金 2000万円 | 自宅(所有権)1000万円 預貯金 1000万円 |
このケースよりもさらに自宅の比重が高い場合には、より配偶者居住権の意味が大きくなります。
たとえば、自宅2000万円に対して預貯金が500万円しかないケースでは、妻が自宅の権利すべてを相続するだけで、1250万円の法定相続分をオーバーします。したがって、妻は自分の財産から子に代償金を支払わなければなりません。手元に十分な財産がなければ、自宅の売却を強いられ、引越しが必要になってしまいます。
この場合でも、配偶者居住権を活用すれば、自宅の居住権(1000万円)と預貯金250万円の確保が可能です。
以上の通り、故人の死後に残された配偶者が住む場所とお金の両方を手に入れるためには、配偶者居住権は有効な制度といえます。
配偶者居住権を設定するためには、民法1028条1項で定められた要件を満たさなければなりません。
民法1028条1項
被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
条文の要件を詳しく解説します。
まずは、「配偶者」が「被相続人の財産に属した建物」に相続開始の時に「居住」していなければなりません。
「配偶者」は法律上婚姻していた配偶者に限られます。相続権を有しない内縁の配偶者は、配偶者居住権を取得できません。
「被相続人の財産に属した建物」とは、簡単にいえば故人名義の建物であったことです。配偶者以外の人(子など)との共有名義の建物については、配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項柱書ただし書き)。
加えて、故人が亡くなったときに、配偶者が建物に「居住」している必要があります。「居住」とは、生活の拠点としていることです。入院などにより家から一時的に出ていても、家財道具が置かれたままであるなど、元に戻ることが想定されていれば「居住」に該当します。
配偶者居住権が成立するには、相続人間の遺産分割や、故人のした遺言によって定められる必要があります。条文上は明記されていませんが、死因贈与によっても可能です。
したがって、基本的には配偶者の希望だけで配偶者居住権を設定することはできません。
ただし、家庭裁判所が「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要がある」と判断して審判を出せば、設定できます(民法1029条2号)。
配偶者居住権について、細かい内容をみていきます。
配偶者居住権の存続期限は終身とされています(民法1030条本文)。配偶者が生きている間は、ずっと自宅に住み続けることが可能です。
なお、遺産分割協議、遺言、家庭裁判所による審判において期間を決めることもでき、その場合は定められた期間になります(民法1030条ただし書)。
配偶者居住権を設定した場合には、設定した事実を登記しなければなりません(民法1031条1項)。通常であれば、登記は配偶者と所有権を得た人が協力して行います。
配偶者居住権を登記すれば、第三者に対抗できます(民法1031条2項、605条)。したがって、後に建物の所有権が別の人に移ったとしても、配偶者は居住し続けることが可能です。
配偶者居住権は、建物全体を無償で使用収益できる権利です(民法1028条1項柱書本文)。ただし従来通りの方法で使用しなければならず、好き勝手に利用することはできません(民法1032条1項本文)。
所有者の承諾がなければ、増改築したり第三者に住ませたりすることはできません(民法1032条3項)。修繕については、配偶者が自己負担で行えます(民法1033条1項)。
特に注意して欲しいのが、配偶者居住権そのものは譲渡できない点です(民法1032条2項)。詳しくは後述します。
配偶者居住権と似たようで異なる権利として「配偶者短期居住権」があります。
配偶者短期居住権とは、故人の財産にあたる建物に無償で居住していた配偶者が、一定期間に限り建物を使用できる権利です(民法1037条以下)。期間が限られるため配偶者「短期」居住権と呼ばれます。配偶者(長期)居住権とは異なり、合意等がなくても自動的に発生します。
配偶者短期居住権が認められるのは、以下のうち遅い日までです(民法1037条1項1号)。
●遺産分割により建物の帰属が確定した日
●相続開始から6ヶ月経過した日
配偶者短期居住権により、配偶者はパートナーの死後最低6ヶ月間は、引っ越さずに自宅に住み続けられます。もっとも、期間は限定されていて権利としては弱いため、長い間住み続けたいのであれば配偶者(長期)居住権を設定する必要があります。
配偶者居住権を設定するメリットとしては、以下の点が挙げられます。
大きなメリットは、配偶者が住み慣れた自宅に、亡くなるまで無償で住み続けられる点です。
配偶者居住権を利用しない場合、自宅を引き継いだ人から貸してもらう方法も考えられます。しかし、有償の「賃貸借」の場合には、賃料の支払いが必要です。無償で借りる「使用貸借」では登記はできず、何らかの理由で建物が第三者に渡ると権利を主張できません。
配偶者居住権は、生涯無償で住めるうえ、登記すれば第三者に対抗できる強力な権利といえます。
高齢になってから新しい環境に移るのは思いのほか大変です。自宅に安心して住み続けたい方は、配偶者居住権の利用を検討しましょう。
住み続けるだけであれば、自宅の所有権を取得する方法も考えられます。しかし、自宅の評価額が高ければ、自宅以外の預貯金などの財産を相続できなくなり、今後の生活に困るケースもあるでしょう。
配偶者居住権の評価額は、建物を丸ごと相続する場合に比べて低額です。そのため、配偶者居住権を利用すれば、自宅を確保したうえで他の財産も受け取りやすくなります。
少額の年金しかないなど、生活費に不安を抱える方にとって、配偶者居住権のメリットは大きいです。
配偶者居住権を利用すると、配偶者が亡くなった際に生じる相続税を節税できるケースがあります。
配偶者居住権は、配偶者が亡くなると消滅します(民法1036条、597条3項)。消滅する以上、相続税の課税対象となる財産になりません。また、他の相続人が有していた自宅の所有権は、配偶者居住権がついていない完全なものになります。
したがって、配偶者居住権の設定は配偶者以外の相続人にとってもメリットになり得ます。
ただし、相続税額は他の要素も関係し、実際に有効な相続税対策になるかはケースバイケースです。ご自身のケースにおける相続税について知りたい方は、専門家へご相談ください。
配偶者居住権にはデメリットも存在します。以下の点に注意してください。
配偶者居住権の譲渡は認められていません(民法1032条2項)。
たとえ配偶者の体調が悪化して介護施設に入所しても、配偶者居住権はそのままです。配偶者居住権がついた建物の売却は困難であり、亡くなるまでは有効活用が難しくなってしまいます。
配偶者が介護施設に入所する見込みがある場合には、配偶者居住権は設定しない方がよいでしょう。
遺産の配分決定や相続税の計算のためには、配偶者居住権の金銭評価が必要です。
評価の際には、存続年数が考慮されます。残された配偶者の年齢が若いときには、相続後に長期間にわたって配偶者居住権が存続するため、評価額が高くなります。
評価額が高いと、配偶者が受け取れる自宅以外の財産が減ってしまい、メリットが損なわれてしまいます。
配偶者居住権の細かい評価方法は複雑なので割愛しますが、以下を参考にしてください。実際に評価額を知りたい方は、税務の専門家に相談されるとよいでしょう。
(遺産分割のとき)評価方式の一例|法務省
(相続税申告のとき)配偶者居住権等の評価|国税庁
ここまで、配偶者居住権について、権利内容、成立要件、メリット・デメリットなどを解説してきました。
パートナーの死後も住み慣れた自宅に住みつつ、生活資金も確保したい方にとっては、配偶者居住権は有力な選択肢のひとつです。他の相続人にとっても、相続税の節税などのメリットがあります。
ただし、配偶者居住権は譲渡ができず、状況の変化に対応しづらい側面もあります。利用すべきかは慎重に検討しましょう。
配偶者居住権に関してお悩みの方は、弁護士までご相談ください。配偶者居住権の設定が可能か、利用すべきかなど、遺産の分け方に関する悩みにお答えいたします。弁護士であれば、相続人の間でトラブルが発生している場合にも対応が可能です。
「住み慣れた家に住み続けたい」「遺産を納得いくように分けたい」などとお考えの方は、ぜひ弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。