遺産相続に関して、以下の悩みをお持ちではないでしょうか?
●手元にお金がなく、葬儀費用を支払えない
●生活費のため、故人名義の預貯金を引き出したい
●生前にかかった入院費が高額だった
故人名義の預貯金口座は死後凍結されてしまうため、ひとりの相続人が勝手に引き出すことはできません。故人の預貯金を使えないと、様々な事情で今すぐお金が必要な方は困ってしまうでしょう。
そこで活用できるのが、預貯金仮払い制度です。預貯金仮払い制度を利用すれば、上限額はあるものの、他の相続人の同意を得なくても金融機関に直接払戻しを請求できます。
この記事では、
●遺産相続における預貯金の扱い
●預貯金仮払い制度の内容
●預貯金仮払い制度を利用する際の注意点
などについて解説しています。
すぐにお金が必要なのに故人の口座から引き出せずに困っている方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
遺産相続における預貯金の扱いについては、近年判例や制度の変更がありました。
まずは、預貯金仮払い制度が創設されるに至る経緯を解説します。
預貯金口座を持っている人は、金融機関に対して払戻しを請求する権利を有しています。
以前の判例では「預金払戻し請求権は、口座の名義人が亡くなれば当然に各相続人に法定相続割合に応じて分けられる」とされていました。
死亡により各相続人が当然に権利を分割して取得するため、別の取り決めをしない限り、預貯金は遺産分割の対象にはならないと扱われてきました。
当然に権利が分割されるといっても、金融機関はトラブルに巻き込まれるのを避けるために、相続人のひとりからの払戻し請求には簡単に応じていなかったのが実情です。
とはいえ、どうしてもお金が必要であっても、相続人全員の承諾が得られないケースはあります。
そこで、遺産分割が終わっていない段階でも、金融機関を相手取った訴訟を提起し、相続人全員の同意なしに故人名義の預貯金を取り戻すケースがかつてはみられました。
「預金払戻し請求権は、死亡によって当然に相続人に分割される」との従来の判例は、2016年12月19日に出た最高裁判所大法廷の決定により変更されました。
すなわち「預貯金は当然に分割されるわけではなく、遺産分割の対象になる」と判断されたのです。
判例変更の背景としては、現金に似た性質を持つ預貯金を遺産分割の対象にしないと、遺産配分の調整が難しくなる問題があった点が挙げられます。
具体的には、預貯金以外にほとんど遺産がない場合に、生前に贈与を受けた相続人が一方的に得をしてしまうケースがありました。
判例変更で預貯金も遺産分割の対象になったことで、預貯金を利用した金銭的な調整がしやすくなっています。
しかし「遺産分割が終わるまでは、預貯金は各相続人に分割されない」と裁判所が示したことで別の問題が生じました。
遺産分割が終わるまでは、相続人ひとりからの預貯金の払戻し請求ができなくなったのです。
すぐに預貯金を払戻せないと、例えば以下の問題が生じます。
●葬儀費用がすぐに必要なのに、手元にお金がない
●相続税支払いのための現金を確保できない
●故人に扶養されていた相続人が、生活費を引き出せない
●生前にかかった入院費などを支払えない
●故人が残した借金の返済ができない
どうしても相続人がお金を必要とする場合には、家庭裁判所に仮処分を申立てる方法もありましたが、要件が厳しく、現実的ではありませんでした。
預貯金の遺産相続における扱いが変わったことで、別の問題が発生してしまったといえます。
判例変更により生じた問題を解決するために法改正がなされ、2019年から相続人ひとりで預貯金の払戻しが可能になりました。
払戻しを求める方法には、
●金融機関に直接請求する(預貯金仮払い制度)
●家庭裁判所の仮処分を得る(預貯金仮分割制度)
の2つがあります。
以下、これらの方法についてそれぞれ解説します。
まずは、預貯金仮払い制度について解説します。
預貯金仮払い制度とは、遺産分割前に、裁判所の判断を経ずに、故人名義の預貯金の払戻しを各相続人が金融機関に請求できる制度です(民法909条の2)。
預貯金仮払い制度では、直接金融機関に払戻しを請求できるため、裁判所を利用する場合と比べて手続きが簡単にすみます。
もっとも、各相続人が引き出せる金額には上限が定められているため、まとまった資金が必要なケースには不向きです。
それほど大きくない金額を他の相続人の同意を得ずに今すぐ用意したい場合には、預貯金仮払い制度の利用を検討してみてください。
預貯金仮払い制度では、請求できる上限額が定められています。
上限額のルールは以下の通りです。
金額は金融機関ごとに計算します。複数の金融機関に預金がある場合には、払戻せる合計金額は大きくなります。
たとえば以下の例を考えましょう。
●相続人 妻、長男、次男
●故人の預金 X銀行に1500万円、Y銀行に600万円
このケースでは、各相続人が請求できる金額は次のとおり計算できます。
●妻(法定相続分は1/2)
X銀行 1500万円×1/3×1/2=250万円
→上限の150万円になります。
Y銀行 600万円×1/3×1/2=100万円
→X銀行から150万円、Y銀行から100万円の合計250万円を請求できます。
●長男、次男(法定相続分は1/4ずつ)
X銀行 1500万円×1/3×1/4=125万円
Y銀行 600万円×1/3×1/4=50万円
→それぞれX銀行から125万円、Y銀行から50万円の合計175万円を請求できます。
実際に払戻しをするためには、金融機関に以下の必要書類を提出しなければなりません。
●故人の生まれてから亡くなるまでの戸籍謄本等
●相続人全員の戸籍謄本等
●払戻しを請求する人の印鑑証明書、本人確認書類
金融機関によって必要書類が異なる可能性があるため、請求先に事前に確認してください。
また、請求をしてから実際に払戻しを受けるまで時間がかかる可能性があります。すぐに金銭が必要であれば、できるだけ早めに準備した方がよいでしょう。
預貯金仮払い制度の上限額以上の金銭が必要な場合には、家庭裁判所に預貯金の仮分割を申立てることもできます(家事事件手続法200条3項)。
金融機関に直接仮払いを求めても払戻しを受けられますが、前述の通り上限額が定められています。上限額を超える資金が必要な場合には、金融機関への仮払い請求だけでは不十分です。
そこで、家庭裁判所に預貯金の仮分割を申立てる方法が考えられます。仮分割が認められれば、裁判所が許可した範囲で、申立てた人が預金の払戻し請求権を仮に取得できます。家庭裁判所の審判内容を金融機関に示せば、仮払い制度の上限額を超える預貯金の引き出しも可能です。
故人に扶養されていた配偶者の生活資金が多額になる場合などには、家庭裁判所への申立ても選択肢のひとつになります。
家庭裁判所に預貯金の仮分割を申立てるためには、前提として遺産分割の調停や審判が申立てられていなければなりません。遺産分割調停をしていない場合には、まず先に調停を申立てなければならず、時間や手間がかかります。
相続人の間で特段トラブルがないケースでは、わざわざ調停を起こすハードルは高く、家庭裁判所における仮分割制度は利用しづらいでしょう。
家庭裁判所で仮分割が認められるためには、遺産分割調停が申立てられていることの他に、預貯金を払戻す必要性を示さなければなりません。
以前は「急迫の危険を防止するため必要がある」という要件が課されておりハードルが高かったですが、現在は緩和されています。
とはいえ、裁判所に必要性を認めてもらうためには、金銭を要する理由や金額の裏付けとなる資料を提出しなければなりません。
また、預貯金の仮分割をした影響で、その後の遺産分割において他の相続人の利益を害する場合には、仮分割は認められません。
家庭裁判所への預貯金の仮分割申立ては、多額の金銭が必要なケースで有効な一方で、認められるためにいくつかのハードルがある制度といえます。
裁判所を経ずに金融機関に直接払戻しを請求できる預貯金仮払い制度は便利ですが、利用に際しては以下の点に注意してください。
故人が遺言書を残していた場合、預貯金仮払い制度を利用できないケースがあります。
たとえば「妻にすべての財産を相続させる」「預金は長男にすべて相続させる」といった内容であれば、他の相続人は仮払いを請求できません。
現実には、金融機関が遺言書の存在を知らない場合に払戻しできる可能性があるものの、後にトラブルになるリスクがあるため避けてください。
預貯金の仮払いを受けると、相続放棄ができなくなる可能性があります。
相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産もすべて含めて、故人の財産を一切相続しないことです。故人が残した借金が多い場合には、相続放棄により借金の引き受けを免れられます。
しかし、仮払いで払戻しを受けた後に自分の生活費に使うなどすれば、法律上「単純承認」をしたとみなされ、相続放棄ができなくなってしまいます。
引き出した預貯金を使っても、葬儀費用や故人の医療費の支払いに利用した場合など、相続放棄が可能なケースもあります。
借金はないか、単純承認にはあたらないかを確認してから仮払いを受けるようにしましょう。
他の相続人に何も連絡せずに仮払いを受けると、トラブルになるおそれがあります。
たしかに、預貯金仮払い制度は、他の相続人の同意を得ずに払戻しを受けられる点がメリットではあります。
しかし、何も連絡せずに勝手に払戻しをすれば、他の相続人から「使い込もうとしているのではないか」などとあらぬ疑いを持たれてしまうかもしれません。
事前に「葬儀費用が必要だから」など理由を告げておけば、トラブル防止につながるでしょう。
金融機関から預貯金の仮払いを受けた場合、払戻された預貯金は、払戻しをした相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます。
その後の遺産分割では、払戻された金額を遺産に戻して各相続人の取り分を計算します。その上で、払戻しをした相続人が遺産分割で実際に受け取る金額からは、払戻した預貯金分は除かれます。
以下の例で考えましょう。
●相続人が妻、子の2人
●遺産は預貯金含め2000万円
●妻が仮払い制度を制度を利用して150万円引き出した
このケースでは、現在ある遺産は1850万円ですが、それを単純に半分ずつにするわけではありません。取り分を計算する際には、妻が払戻した金額を遺産に戻して考えます。
したがって、もとの2000万円を妻・子で半分ずつ分けて各1000万円が取り分となります。
妻はすでに預金150万円を受け取っているため、最終的な遺産分割の段階で追加で受け取れるのは850万円分です。
結果的には、仮払いを受けた分も含めて公平になるように調整して遺産分割がなされます。
ここまで、遺産相続における預貯金仮払い制度について解説してきました。
遺産分割をする前にお金が必要な場合には、金融機関に対する仮払い制度の利用を検討するとよいでしょう。多額の資金を要するケースでは家庭裁判所への申立ても選択肢になりますが、手続きが面倒になる点がデメリットです。
大切な人に先立たれた上に、資金面の悩みも抱えている方は、ぜひ弁護士にご相談ください。
弁護士に相談すれば、仮払い制度を利用したらいくら受け取れるか、相続放棄に関しては問題がないかなど、有益なアドバイスを受けられます。家庭裁判所への申立てが必要な場合にもお任せください。
「葬儀費用が足りない」「日々の生活に困ってしまう」などとお悩みの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。