「認知症になったら財産はどうなるのか」とお悩みでしょうか?
認知症になり判断能力を失ってしまうと、財産を管理するためには成年後見制度(法定後見)を利用するしかありません。しかし、資産運用や相続対策は困難であり、使い勝手が悪い問題があります。
財産をうまくに活用するには、認知症になる前に、民事信託(家族信託)により対策するのが有効です。民事信託では柔軟な定めが可能であり、相続にも備えられます。
この記事では、
●民事信託で認知症対策をするメリット
●民事信託は認知症発症後に利用できるか?
●民事信託で認知症対策をする際の注意点
などについて解説しています。
ご自身やご家族が高齢で、認知症への備えをお考えの方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
認知症になってしまうと、財産管理について様々な不都合が生じます。
不正出金や詐欺被害などを防止するために、預貯金口座が凍結されます。凍結されるのは、金融機関が認知症の事実を把握したタイミングです。
口座が凍結されると、預金の引き出しが基本的にできません。認知症になった人の預貯金で生活していた家族が、途方に暮れるケースがあります。
認知症になると「口座にお金はあるのに使えない」状態に陥ってしまうのです。
認知症になった人が不動産を所有していたとしても、有効活用できません。認知症になると、不動産の利用や処分に必要な判断能力が失われるためです。
たとえば、賃貸用不動産の建て替えはもちろん、介護費用を捻出するための自宅売却もできません。
預貯金と同様に「不動産があっても使えない、売れない」状態となってしまいます。
認知症になった方の財産を管理するための制度が、成年後見制度です。
成年後見制度は「任意後見」と「法定後見」に分けられます。
任意後見は、認知症になる前に本人が後見人になる人と契約を結んで、実際に認知症になってから、後見人が委任された業務を行う制度です。
これに対して法定後見とは、認知症になった後に申立てをして、家庭裁判所が後見人を選ぶ制度です。
認知症になった後に利用できるのは、成年後見制度のうち法定後見に限られます。
法定後見では基本的に本人のためにしか財産を利用できず、家族のためには使えません。賃貸不動産の経営や不動産の売却は困難であり、資産運用や相続対策もできません。専門家が後見人に選任されると、報酬の支払いが必要になる点もデメリットです。
認知症になった後に利用できる法定後見制度は、使い勝手が悪いため、現実にはあまり利用が進んでいません。
法定後見制度では十分な対応が難しいため、認知症には事前対策が不可欠となります。有力な方法のひとつが民事信託(家族信託)です。
民事信託とは、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる制度です。家族に託すケースが多いため「家族信託」とも呼ばれています。民事信託と家族信託は、基本的に同じ意味です。
民事信託においては、一般的に以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。「受託者」は「受益者」のために財産を管理・処分することを義務づけられ、財産から自由に利益を享受することはできません(信託法8条)。
民事信託では、設定時においては「委託者=受益者」となっているケースが多いです。「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税が課税されないメリットがあります。
民事信託は、認知症対策としてよく利用されます。
たとえば、
●委託者:父
●受託者:子
●受益者:父
として、高齢である父の財産の管理を子に任せるケースです。
父が所有している賃貸不動産の管理・経営を子に任せれば、父が負担を免れるとともに、認知症になった際にも変わらずに不動産を活用できます。預貯金口座の金銭を信託口口座に移して受託者である子が管理し、生活費や医療費に充てることも可能です。
父が死亡すると同時に民事信託を終了させる必要もありません。父の死亡後に受益者を母にして継続するなど、ニーズに応じた多様な活用例があります。
民事信託で認知症対策をすることには、以下のメリットがあります。
民事信託を認知症対策に利用する最大のメリットは、自由度が高く柔軟に設計ができる点にあります。
認知症になってから法定後見を利用すると、裁判所の管理下におかれ、自由に財産の管理・処分ができません。本人のためにならない不動産の売却や資産運用は困難です。
民事信託であれば、契約の定めによって不動産売却や資産運用も可能であり、認知症になっても財産を有効に活用できます。信託する財産の範囲も決められるため、個々のニーズに応じて最適なスキームを組むことが可能です。
民事信託を利用すれば、二次相続の対策もできます。
相続対策として、まず頭に浮かぶのが遺言ではないでしょうか。しかし、遺言では自分が死亡した際の相続についてしか指定できず、死亡後に発生した相続については決められません。
民事信託では、自分が死亡した後の二次相続についても定めることが可能です。たとえば「自宅は自分が死亡した後は妻に、妻亡き後は長男に」といった定め方ができます。
生きている間だけでなく、死後の財産の行方について広く決定しておける点も、民事信託の大きな魅力です。
法定後見の場合、後見人は裁判所が選任するため、弁護士などの専門家が選ばれるケースも多いです。専門家が後見人になったときには、月数万円の報酬がかかります。亡くなるまで支払いが続くため、認知症になった後に長生きして、相当な金額になる可能性も否めません。
民事信託の場合には、家族を受託者にして、無報酬で財産管理を任せられます。初期費用は必要になるものの、ランニングコストを抑えられる点は民事信託のメリットです。
高齢のご家族をお持ちの方にとって心配な点のひとつが、詐欺などの犯罪に巻き込まれる可能性です。特殊詐欺や不要なリフォームなど、資産を持つ高齢者が被害に遭うケースは後を絶ちません。
民事信託を利用すれば、金銭や不動産の管理を家族に任せられます。資産の管理を自分でせずに済めば、負担感が軽減されるとともに、詐欺被害のリスクも回避できます。
民事信託のメリットがわかると「認知症になった後に利用できないのか」と疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。認知症を発症した後にも民事信託を利用できるかについて解説します。
認知症になった後には、基本的に民事信託は利用できません。判断能力を有しない人がした法的な行為は無効とされ、民事信託の契約を結べないためです(民法3条の2)。
したがって、認知症になった後は民事信託ではなく、法定後見の利用を検討します。
もっとも「認知症=民事信託ができない」とは限りません。問題になるのは法的な判断能力があるか否かです。
「認知症」と一口に言っても、程度・症状は様々でしょう。初期で症状が軽く、契約の意味と生じる結果を理解できる場合であれば、民事信託も可能です。
判断能力があるかは、契約時の心身の状態などから判断されます。後から契約の有効性が争いになるのを防ぐために、医師に診断書を書いてもらう、契約を公正証書で行うなどの対策をしてください。
信託契約を結べるかを判断する際には、認知症で遺言書を作成できるかを検討するときのポイントが参考になるでしょう。
参考記事:認知症で遺言書を作ると無効?有効に作成するポイントを弁護士が解説
民事信託は、他の制度と比べて柔軟な定めができる点が大きな特徴です。ただし、成年後見や遺言でないと実現できないこともあります。
以下で、民事信託と比較されることの多い、成年後見や遺言との違いをまとめました。
成年後見と民事信託は、財産管理のための制度である点が共通します。
前述の通り、成年後見は任意後見と法定後見に分けられ、認知症になる前は任意後見、なった後は法定後見を利用します。
成年後見と民事信託の違いのひとつが、成年後見では「身上保護」も目的になっている点です。
身上保護とは、本人の生活や療養のために必要な環境を整えることをいいます。たとえば成年後見では、老人ホームの入所契約や介護サービスの申込みも可能です。
対して民事信託においては、身上保護は目的に含まれません。
身上保護についても万全を期しておきたいときには、認知症になる前に、民事信託だけでなく任意後見も併用する方法もとれます。ただし、昨今では家族による入所契約の締結を認める施設やサービス事業者も存在しており、後見を利用せずとも対応可能なケースもあります。
他の違いとしては、死後の財産承継への関与が挙げられます。
成年後見は死亡と同時に終了するため、死後の財産承継には対応できません。財産管理だけでなく財産承継も視野に入れるのであれば、民事信託が有効な方法です。
財産承継の方法として有名なのが遺言です。
しかし、遺言では自らの死亡時の財産承継についてしか定められません。民事信託であれば「自宅は長男に、長男の死後は次男に」といった形で、先々の財産承継についても比較的柔軟に定められます。
もっとも、民事信託では、契約で信託財産に組み入れた財産しか対象になりません。対して遺言では、将来的に加わる財産も対象です。また、農地など信託の対象にできない財産であっても、遺言では対象にできます。
したがって、必要に応じて民事信託と遺言を併用して財産承継に備えるケースもあります。
民事信託は有用な手段ではありますが、万能ではありません。以下の点に注意しましょう。
民事信託においては、受託者が必要です。
通常は家族から選ばれますが、信頼が薄い、任される側が面倒だと感じるなどの理由で、適任者がいないケースもあります。弁護士などの専門家に受託者を任せたくても、法律上難しいとされています。
受託者のなり手が見つからずに、民事信託の利用が難しくなる場合もあります。
民事信託は比較的新しい制度であるため、一般的な認知度は低いです。
認知度が低いため、家族の一部が利用したいと考えていても、他の家族が後ろ向きな場合がよくあります。たとえば、子は民事信託の利用に積極的であるのに、親が財産の名義変更を拒んで話が進まないケースです。
民事信託を使う際には関係者全員の理解が不可欠であるため、丁寧な話し合いが必要になります。
比較的新しい制度であるため、対応できる専門家が少ない点も問題になります。
民事信託の内容はオーダーメイドであり、法的に適切な契約書の作成には弁護士の関与が不可欠です。にもかかわらず、対応可能な弁護士が不足しているため、利用しづらい面があります。
民事信託に精通していない弁護士や、法律に詳しくない専門家に依頼してしまうと、法的に誤った契約書が作成されたり、思い通りの内容が実現しないリスクも否定できません。
現に、最近では、適切でない内容の民事信託(家族信託)について訴訟で争われるケースも散見されるようになってきており、民事信託を利用する際には、経験豊富で信託と法律に精通した弁護士を探すべきでしょう。
ここまで、民事信託を認知症対策に利用するメリット、注意点、他の制度との違いなどについて解説してきました。
認知症になると、預貯金や不動産などの財産管理ができなくなります。発症後の対応は難しいため、事前の対策が不可欠です。
民事信託は成年後見や遺言に比べて柔軟な制度設計が可能であり、ニーズに応じた対応ができるメリットがあります。もっとも、仕組みが複雑であるため、適切に対応できる専門家が少ない点が課題です。
民事信託で認知症に備えたい方は、当事務所の弁護士までご相談ください。当事務所は民事信託を積極的に取り扱っており、多くの実務経験があります。他の方法との併用も含めて、個々のニーズに応じた制度設計が可能です。
「認知症で財産管理ができないのが心配」「早めに備えておきたい」といった方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。