「民事信託(家族信託)と成年後見のどちらを利用すればいいのか」とお悩みでしょうか?
民事信託(家族信託)と成年後見には様々な違いがあり、双方にメリット・デメリットがあります。併用も可能なので、ご希望に応じて最適な選択をするようにしましょう。
この記事では、
●民事信託と成年後見の違い
●民事信託と成年後見のどちらを利用するべきか?
●民事信託と成年後見は併用できるか?
などについて解説しています。
民事信託と成年後見のいずれを利用するべきか迷っている方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
民事信託は比較的新しい制度であり、馴染みが薄い方も多いでしょう。
民事信託とは、財産を引き継ぐために、信頼できる人に財産の管理・処分を任せる制度です。家族に任せるケースが多いため「家族信託」とも呼ばれます。民事信託と家族信託は、ほぼ同じ意味です。
民事信託においては、一般的に以下の3つの当事者が登場します。
●委託者:財産を他人に預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
「委託者」が有していた財産の所有権は、信託がなされると形式的に「受託者」に移ります。「受託者」は「受益者」のために財産を管理・処分することを義務づけられ、財産から自由に利益を享受することはできません(信託法8条)。
民事信託では、設定時においては「委託者=受益者」となっている場合が多いです。「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税がかからないメリットがあります。
例としては、父(委託者)が子(受託者)に自分の財産を預け、子が父(受益者)のために財産を管理するケースが挙げられます。
中でも、高齢者の認知症対策に用いられるのが典型的です。他にも事業承継や障害を抱えた子の生活保障など、民事信託には様々な活用方法があります。
成年後見制度は大きく「任意後見」と「法定後見」の2種類に分けられます。
任意後見とは、認知症などで本人の判断能力が低下する前に、後見人になる予定の人と契約を結んでおく制度です。実際に本人の判断能力が低下したときに後見人がつき、事前に委任されていた業務を本人に代わって行います。
任意後見は本人が自分の意思で後見人を選び、判断能力の低下にあらかじめ備えられる仕組みです。判断能力を失った後には利用できません。
判断能力を失った後に利用できるのは、次に紹介する法定後見です。
法定後見とは、本人の判断能力が低下した段階で家庭裁判所に申立てをして、後見人等をつける制度です。
法定後見は「後見」「保佐」「補助」の3種類に分かれます。
判断能力がまったくない場合には「後見」が利用され、症状が軽いケースで利用されるのが「保佐」や「補助」です。それぞれ「後見人」「保佐人」「補助人」がつき、権限の内容が少しずつ異なります。
医師の判断などを元にどの制度を利用するかを決めますが、実際には「後見」になるケースが多いです。本記事で法定後見の説明をする際には、主に「後見」を想定した内容となっています。
民事信託と成年後見(任意後見・法定後見)の違いを表にまとめました。
民事信託 | 任意後見 | 法定後見 | |
---|---|---|---|
身上保護 | なし | あり | あり |
利用場面 | 能力低下前 | 能力低下前 | 能力低下後 |
選任方法 | 契約 | 契約 (後見監督人は裁判所の審判) |
裁判所の審判 |
裁判所による監督 | なし | 一定程度あり | あり |
効力の発生時期 | 契約時 (別の時点も可能) |
裁判所の審判 | 裁判所の審判 |
対象財産の範囲 | 契約による | 契約による | 全財産 |
財産利用の方法 | 柔軟 | 限られる | 限られる |
死後の扱い | 契約による | 終了 | 終了 |
費用 | 原則初期費用のみ | 初期費用+任意後見監督人報酬 | 初期費用+後見人報酬 |
以下でそれぞれの項目について詳しく説明します。
任意後見・法定後見には身上保護の機能があるのに対して、民事信託にはありません。
身上保護とは、本人の生活や療養のために必要な環境を整えることです。例としては、老人ホームの入所契約や介護サービスの申込みが挙げられます。直接世話をすることではありません。
民事信託や任意後見は、認知症などで判断能力が低下する前に利用する制度です。民事信託や任意後見の契約を結ぶには、契約の意味と生じる結果を理解する能力が必要とされます。
能力が低下した後では、法定後見しか使えません。
民事信託における受託者や、任意後見における任意後見人は、契約締結によって決まります。家族など希望する人に任せることが可能です。ただし、任意後見では「任意後見監督人」が家庭裁判所の審判により選任されます(任意後見法4条1項)。
法定後見における後見人は、家庭裁判所の審判により選任され、自由には選べません。候補者を立てて申立てをしても、面識のない専門家が選ばれるケースもあります。
民事信託では、受託者の職務について裁判所による監督はありません。信託監督人や受益者代理人を置いたときでも、裁判所が関わるわけではありません。必要に応じて、受託者の監督のために、委託者が選ぶ人(弁護士等)を信託監督人として置くことができます。
法定後見では、後見人の職務を裁判所が直接監督します。任意後見では、任意後見監督人を通じて、裁判所が任意後見人を間接的に監督しています。
民事信託では、効力の発生時期は契約によって決められます。基本的には契約時に効力が生じますが、契約で条件を定めることも可能です(信託法4条1項、4項)。
任意後見や法定後見では、判断能力が低下すると申立てがなされ、裁判所が審判を下したときから効力が発生します。
対象になる財産の範囲は、民事信託や任意後見では、契約の定めにより決定されます。
法定後見の場合には、全財産が対象です。
民事信託では、財産の利用方法を契約によって柔軟に定められます。財産の処分や資産運用も可能です。
任意後見や法定後見は裁判所の監督が及んでおり、リスクのある資産運用は困難です。
民事信託は、契約の定めによっては本人が死亡した後も継続が可能です。死後の財産管理・承継も希望通りに実現できます。
任意後見や法定後見は、本人の死亡によって終了します。
民事信託は、開始時に専門家への報酬、公正証書作成手数料、登録免許税などがかかり、比較的初期費用が高額です。もっとも、受託者の報酬はゼロにできるため、ランニングコストは基本的にかかりません。
任意後見の初期費用としては、公正証書作成手数料、専門家に依頼する場合の報酬、裁判所への申立て費用などがかかります。後見人は報酬なしでも可能ですが、後見監督人は専門家になるケースが多く、毎月報酬の支払いが必要です。
成年後見は、初期費用として裁判所への申立て費用や専門家に依頼する場合の報酬などがかかります。後見人は専門家になるケースが多く、毎月のランニングコストが高額です。
実際の費用はケースバイですが、大まかにいえば、
●民事信託:初期費用は高額だが、ランニングコストは基本的に不要
●任意後見・成年後見:初期費用は民事信託よりも抑えやすいが、毎月報酬が発生
という違いがあります。
では、民事信託と成年後見のどちらを利用するべきなのでしょうか?
ケース別にご紹介しますので、ご自身にあてはめてお考えください。
民事信託に向いているケースとしては以下が挙げられます。
成年後見を利用すると、裁判所の監督下に置かれます。後見人や後見監督人に専門家が選任されるケースも多く、家族以外の関与が大きいです。
民事信託は設定時には専門家の関与が事実上不可欠といえますが、契約後は受託者となった家族が業務を行います。家族を中心に進めたいのであれば、民事信託が向いています。
財産を資産運用などで積極的に活用したいのであれば、自由度の高い民事信託にしましょう。成年後見の場合には、財産の利用に一定の制約がかかってしまいます。
また、民事信託においては、受託者名義で金融機関から新たな借り入れを行えるため、収益不動産のさらなる活用も可能です。借り入れが必要な場合には、民事信託を選択しましょう。
民事信託では、財産承継についても定められます。自分の死亡時だけでなく、「自宅は妻に、妻が亡くなった後は長男に」といった形で先々の財産承継についての指定も可能です。これは遺言でもできません。
成年後見では、財産承継は目的とされていません。財産承継についても定めるのであれば、民事信託が適しています。
民事信託の受託者は無報酬でもよく、ランニングコストをゼロに抑えることも可能です。
任意後見や成年後見は専門家に対する月額数万円の報酬が発生する可能性が高く、本人が長生きすると費用が膨らみます。
成年後見が向いているケースとしては以下が挙げられます。
認知症などで既に法的判断能力が失われていれば、法定後見を利用するしかありません。
任意後見や民事信託は、判断能力が低下する前の事前対策に用いられる制度です。
成年後見の特徴は、身上保護ができる点です。身上保護も万全にしたいのであれば、任意後見の利用を検討してください。
もっとも、前述の通り、家族による入所契約の締結を認める施設やサービス事業者も存在します。家族による契約が可能であれば、事実上、後見を利用せずに対応が可能です。
受託者になってくれる身近な人(主として家族)がいないと、民事信託は利用しづらいです。受託者を弁護士などの専門家に任せることはできません。
家族はいても信頼が置けない場合や、そもそも信頼できる身近な人がいない場合には、任意後見を検討することになります。
民事信託では、農地など対象にできない財産があります。
信託財産にできない財産を対象に含めたいのであれば、任意後見(又は遺言)を利用しましょう。
遺言でこと足りているなど、財産承継について定めなくてよいのであれば、任意後見の利用も選択肢になります。もっとも、民事信託では財産承継について定めなくても構いません。財産管理だけが目的のときには、任意後見・民事信託のいずれも選択肢になります。
民事信託と成年後見はそれぞれメリット・デメリットがあります。両者の併用はできないのでしょうか?
民事信託と成年後見の併用は可能です。同時に使ってはいけないとのルールはありません。
むしろ両者は補完関係にあるため、併用により強い効果を発揮します。特に民事信託と任意後見は、いずれも判断能力の低下に事前に備える制度であり、相性が良いです。
たとえば、
●身上保護も万全にしたい
●信託できない財産を対象にしたい
といったケースでは、民事信託と任意後見の併用が効果的です。
民事信託と任意後見を併用するときには、対象財産は明確に分けておく必要があります。たとえば、民事信託で主要な財産の管理・活用をカバーし、任意後見で他の財産を管理するといった形です。
また、民事信託の受託者と任意後見人が同一人物になると、財産管理への監督が不十分になるという問題があります。受託者と任意後見人の兼任が禁止されているわけではありませんが、弁護士が受益者代理人や信託監督人に就任して監督するのが望ましいです。
加えて、併用すると双方の費用がかかるため、金銭的に問題がないかにも注意してください。
ここまで、民事信託と成年後見について、各制度の概要、違い、どちらを利用すべきかなどについて解説してきました。
両者は、身上保護の有無、裁判所の監督の有無、財産利用の方法、財産承継の可否など数多くの違いがあります。併用も可能であり、事前対策として民事信託と任意後見を併用するのは有効な方法です。
民事信託と成年後見の利用を検討している方は、弁護士までご相談ください。
財産管理・承継の対策としては、民事信託や任意後見のほかに遺言を組み合わせる方法もあり、バリエーションは多種多様です。状況によって最適な答えは異なるため、ご自身の希望に合った方法を知るために弁護士への相談が有効です。
民事信託は制度の歴史が浅く仕組みが複雑であるため、対応できる専門家が不足しています。当事務所では民事信託を積極的に取り扱っており、多くの実務経験があるため個々のニーズに応じた制度設計が可能です。
「財産管理や相続に関係する制度が多くて、何を使えばいいかわからない」「自分に合った方法を教えて欲しい」といった方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。