民事信託(家族信託)は、財産の管理・承継のために有用な仕組みです。もっとも、財産を管理する受託者が亡くなったり認知症になったりして、職務を続けられなくなるリスクがあります。
民事信託を長く安定的に続けるためには、法人を受託者にするのも選択肢のひとつです。家族で一般社団法人を設立して受託者とすれば、信託が終了する事態を避けられます。
追加で費用がかかるなど注意点はありますが、法人を受託者にした民事信託も検討してみるとよいでしょう。
この記事では、
●民事信託で法人を受託者にするメリット
●民事信託で法人を受託者にする事例
●民事信託で法人を利用する際の注意点
などについて解説しています。
民事信託を考えているものの、受託者を誰にするかでお困りの方は、ぜひ参考にしてください。
目次
民事信託では、信託財産を管理する受託者の存在が不可欠となります。受託者は、委託者の子など、家族の中から選ぶのが一般的です。
しかし、個人を受託者とすると、委託者より先に亡くなる事態が発生し得ます。配偶者や兄弟姉妹といった同世代の場合はもちろん、子や甥姪であっても、急病や事故により早くに亡くなってしまう可能性はゼロではありません。加えて、認知症によって受託者の判断能力がなくなる事態も想定されるでしょう。
死亡や認知症による後見・保佐の開始により、受託者の任務ができなくなります(信託法56条1項1号、2号)。受託者がいないと信託の仕組みが機能しなくなり、受託者が不在の状態が1年間続くと、信託そのものが終了してしまいます(信託法163条3号)。
家族が個人で受託者に就任するのが一般的とはいえ、受託者の死亡などで終了するリスクがある点は知っておきましょう。
信託法では法人が受託者になるのは禁じられておらず、受託者に就くことに法的問題はありません。
民事信託で法人を受託者にすると、以下のメリットがあります。
大きなメリットは、受託者が亡くなったり認知症になったりしたからといって、受託者が不在とはならない点です。
法人には死亡という概念はありません。もちろん法人のメンバーが死亡したり認知症になったりする可能性はありますが、他の人が仕事を引き継ぐことが可能です。
死亡や認知症にかかわらず、安定的に信託を続けられるのは、法人を受託者とする最大のメリットといえます。
信託の対象となった財産の名義は、形式的に受託者へと移転します。死亡や認知症により職務ができなくなって受託者を変更する際には、名義変更手続きが必要です。不動産の登記変更や口座の名義変更には手間がかかります。
法人が受託者であれば、財産は法人名義となります。法人のメンバーが変わっても、信託財産の名義変更は不要です。口座が凍結されるリスクもありません。
法人を受託者にしておけば、スムーズに信託を続けられます。
受託者を個人ではなく法人にした場合、家族で意思決定ができる点もメリットです。
たとえば、子ども全員をメンバーとする一般社団法人を受託者とすれば、子ども全員が信託に関する意思決定に参加できます。ひとりの子が受託者になる場合に比べて、勝手な行動をするリスクを低下させられます。
家族の話し合いによって信託を運営したい場合には、法人を設立して受託者にするのが有効です。
では、民事信託の受託者を法人とするときには、どういった形態をとるべきなのでしょうか?
株式会社や合同会社を受託者にするのは不適切です。
会社の定款には、事業目的を記載しなければなりません。目的の範囲外の行為をしたときには、無効となってしまう可能性があります。
かといって、定款に「信託の引受け」を目的として記載すると、信託業に該当し、免許や登録が必要になってしまいます(信託業法3条、7条1項)。免許や登録のハードルは高く、現実的とはいえません。
信託業法への抵触を考えると、株式会社を受託者とするのは避けるべきです。
実務上は、法人を受託者にするときには、一般社団法人を設立するのが通常です。
一般社団法人は営利を目的としない法人であり、1回限りの信託の引受けは、信託業法に抵触することなくできます。信託の引受けを目的とし、親族が社員・理事になる一般社団法人を設立すれば、民事信託の受託者になることが可能です。
一般社団法人を受託者とする事例を、2つご紹介します。
まずは、不動産を多く抱えており、家族で管理したいケースです。
このケースでは、以下のスキームで民事信託契約を結ぶ方法が考えられます。
●委託者 :父A
●受託者 :一般社団法人F(社員・理事は長男C、長女D、次男E)
●受益者 :父A
一般社団法人Fを設立し、受託者としています。社員や理事は長男C、長女D、次男Eの3人とし、代表理事は長男Cとしました。不動産管理に関する意思決定は社員総会によって行われるため、3人の子が話し合いながら信託を運営できます。
受益者は、委託者である父A自身です。「委託者=受益者」とすれば、設定時に贈与税を課税されずにすみます。
委託者である父Aが認知症になっても、一般社団法人Fが受託者としてAのために不動産の管理を続けられます。子のいずれかに万が一の事態が発生しても、法人の存続に影響はないため、受託者の変更は必要ありません。
民事信託は、財産管理だけでなく、財産の引き継ぎにも利用できます。何世代にもわたる指定も可能であり、期間が長期に及ぶケースもあります。
このケースでは、以下のスキームで民事信託契約を結ぶ方法が考えられます。
●委託者 :父A
●受託者 :一般社団法人J(社員・理事は長男C、次男D、三男E)
●第1受益者 :父A
●第2受益者 :長男C
●第3受益者 :次男D
●第4受益者 :孫F
一般社団法人Jを設立し、受託者としています。ここでは、当初のJの社員・理事は子3人にしました。孫や専門家を加えても構いません。
設定時の贈与税の課税を回避するために、委託者である父Aを最初の受益者としています。
Aが死亡した際には第2受益者の長男C、Cが死亡した際には第3受益者の次男D、Dも死亡した際には第4受益者の孫Fが、順に受益者となります。Aの希望通り、自分の家系で先祖代々の不動産を引き継ぐことが可能です。
このケースでは信託が長期間に及ぶため、一般社団法人を受託者とするのが有効です。万が一子どもたちが早くに亡くなっても、法人である以上、受託者を変更せずに安定して信託を継続できます。社員が死亡した際の追加等については、別途定款で定めておく必要があります。
一般社団法人を受託者とするのは有効な方法ですが、以下の点には注意してください。
一般社団法人を受託者とするときには、個人を受託者にするときに比べて費用が増加します。たとえば、以下の支出が想定されます。
●設立時 :定款認証手数料5万円、登録免許税6万円
●法人住民税 :7万円(最低)
●役員変更登記 :登録免許税1万円
設立時だけでなく、ランニングコストとしても一定の金銭が必要になる点には注意してください。
受託者をわざわざ法人にする必要性が低いケースも多いです。
存続期間が短期間と想定され、受託者が死亡するリスクが著しく低いときには、法人を設立する必要性は薄いでしょう。また、信託財産がさほど多くないのに、費用がかかる法人を受託者にするのは割に合わないかもしれません。
法人を設立せずに「第2受託者」を定めて不測の事態に備える方法もあります。法人にする必要があるかは、事前によく検討してください。
一般社団法人の定款に、ルールをしっかりと定めておく必要があります。
たとえば、信託の引受けを目的として規定しておかなければなりません。加えて、社員総会での決議要件や、社員が死亡したときに誰を追加するかなど、先を見据えたルール作りが不可欠です。
運営を巡って対立が生じ、機能不全に陥ってしまうと、わざわざ法人を作った意味がありません。発生しそうな事態を想定して、ルールを定めましょう。
ここまで、民事信託で法人を利用する場合について、メリット、事例、注意点などを解説してきました。
受託者の死亡や認知症発症により信託が機能しなくなる事態を防ぐには、家族で信託のための一般社団法人を設立するのが有効な方法です。財産管理について話し合いながら決めたいケースや、信託が長期に及ぶケースなどでは、活用を検討してください。費用やルールについて十分に考えて進めましょう。
民事信託で法人の活用をお考えの方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況やご希望をお聞きしたうえで、実現できる方法をオーダーメイドでご提案いたします。一般社団法人を設立すべきかについてもアドバイスが可能です。
「受託者を家族のひとりに任せるのは心配」とお考えの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。