民事信託(家族信託)において「信託財産責任負担債務」という用語がたびたび登場します。
少し難しい言葉ですが「信託財産によって返済する義務がある債務」という意味です。
信託財産責任負担債務を返済しないと、信託財産に対して強制執行される可能性があります。場合によっては、信託財産のみならず受託者自身の財産を差し出す必要すら生じます。
思わぬ事態が生じないように、受託者になる方は、信託財産責任負担債務の意味を理解しておくべきです。
この記事では、
●信託財産責任負担債務とは?
●信託財産責任負担債務の特徴
●信託財産責任負担債務になるもの
などについて解説しています。
民事信託の利用を検討している方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
信託財産責任負担債務については、信託法に定義があります。
すなわち、信託財産責任負担債務とは「信託財産によって返済する義務がある債務」です。
委託者や受託者の債権者(金銭等を請求する権利を持っている人)であっても、通常は信託財産からは金銭を回収できません。信託財産は、委託者や受託者自身の財産とは別に扱われるためです。
しかし、信託財産責任負担債務については、信託財産から返済するように債権者が請求できます。
何が信託財産責任負担債務になるかは、信託法21条1項各号に定められています。たとえば、受託者が信託財産の有効活用のために、金融機関から借り入れをしたケースが典型例です。返済が滞った際には、金融機関は信託財産から融資した分の金銭を回収できます。
信託財産責任負担債務には、以下の特徴があります。
信託財産責任負担債務の債権者(金融機関など)は、信託財産に対する強制執行が可能です。
委託者や受託者に対して金銭等を請求できる権利を有している債権者であっても、通常は信託財産に対しては強制執行ができません。
信託法23条1項に定めがあります。
委託者の債権者が信託財産に強制執行できないのは、信託の対象となった財産の所有権は受託者に移り、委託者が所有する財産でなくなるためです。
所有権が受託者に移るとはいっても、受託者自身の固有財産とは別に扱われるため、受託者の債権者も信託財産への強制執行はできません。
したがって、委託者や受託者に信託と関係なくお金を貸していても、信託財産からの回収はできないのです。信託財産以外から回収するしかありません。
しかし、信託財産責任負担債務の債権者は、例外的に信託財産への強制執行が可能です。信託に関係して発生した権利を実行するために、信託財産からの回収が認められています。
信託財産責任負担債務については、信託財産だけでなく、受託者自身の固有財産からも返済する義務があります。
信託法21条2項には、信託財産責任負担債務のうち「信託財産のみで責任を負う」債務について定められています。これを「信託財産”限定”責任負担債務」と呼びます。
反対にいえば、信託法21条2項に定められていないものについては、信託財産以外の財産、すなわち受託者自身の財産でも責任を負わなければなりません。
信託財産責任負担債務の多くで、信託財産だけでなく受託者の固有財産も責任財産になります。受託者の財産が強制執行の対象になる可能性もゼロではありません。受託者になる方が「自分の財産は信託とまったく関係ない」と考えているときには注意してください。
具体的に何が信託財産責任負担債務になるかについては、信託法21条1項に規定があります。代表的なものを紹介します。
信託法21条1項3号には「信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの」と規定されています。
3号に該当する例としては、委託者がローンを組んでアパートを建設し、ローンが残った状態で信託するケースが挙げられます。
ローンが残っている不動産でも信託は可能です。ローンについて委託者から受託者へと債務引受をしたうえで、信託契約において「信託財産責任負担債務とする」旨を定めます。ローンは信託財産責任負担債務となり、融資した金融機関は、返済が滞った際に信託財産から回収できます。
なお前述の通り、信託財産だけでなく受託者自身の財産も責任財産です。
信託法21条1項5号には「信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利」と定められています。
5号に該当する典型例は、不動産の信託を受けた受託者が、自分で金融機関から借入れをして建物の建て替えや大規模修繕をしたケースです。これは「信託内借入」と呼ばれ、信託財産の有効活用につながります。
受託者が権限に基づいて信託財産のために組んだローンは、信託財産責任負担債務となります。返済が滞った際には、金融機関は信託財産からの回収が可能です。
3号の場合には委託者の債務を受託者が引き受けているのに対して、5号では受託者自身が借入れをしている点が異なります。受託者自身の財産も責任財産となる点は同様です。
信託内借入について詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
参考記事:受託者が金融機関から融資を受ける場合の注意点
似た用語に「信託財産”限定”責任負担債務」があります。信託財産責任負担債務(”限定”がつかない)との違いや具体例を解説します。
信託財産”限定”責任負担債務は、信託財産責任負担債務のうち「受託者が信託財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う」ものをいいます(信託法154条)。すなわち、信託財産だけが引き当てになる債務です。
前述の通り、通常の信託財産責任負担債務では、信託財産だけでなく受託者自身の財産も責任財産となります。したがって、受託者の財産に強制執行が及ぶ可能性もあります。
これに対して、信託財産”限定”責任負担債務では、責任財産が信託財産だけです。受託者自身の財産に強制執行が及ぶ心配はありません。
何が信託財産”限定”責任負担債務になるかは、信託法21条2項に定められています。例を紹介します。
信託法21条2項1号に定められているのが受益債権です。受益債権とは、受益者が受託者に対して、信託財産の引渡しや給付を求める権利をいいます(信託法2条7項)。
たとえば、信託契約において「不動産から得た賃料収入は受益者に渡す」と定めていれば、受益者は受託者に金銭を請求できる受益債権を有します。
受益債権は信託財産”限定”責任負担債務であるため、信託財産だけが責任財産です。受益者は、信託財産に含まれていない受託者自身の財産からの支払いは求められません。
信託法21条2項2号に定められています。
限定責任信託とは、受託者の責任が信託財産に限定される信託です(信託法216条以下)。限定責任信託に関係して生じた債権については、受託者自身の財産からの回収はできません。
限定責任信託でなくても、債権者との間で個別に合意できれば、信託財産”限定”責任負担債務となります(信託法21条2項4号)。他にも、信託法の規定により信託財産”限定”責任負担債務となる場合があります(信託法21条2項3号)。
信託財産責任負担債務は、信託が終了したときや受託者が死亡したときにはどうなるのでしょうか?
委託者の死亡などで信託が終了するとき、法律上は清算手続きが始まるとされています(信託法175条)。ローンなどの信託財産責任負担債務があるときには、清算受託者が弁済を行います。完済するのに信託財産の金銭だけで不足していれば、法律上は不動産の売却が必要です。
もっとも現実には、残った財産を引き受ける帰属権利者が、信託財産であった不動産の取得を望む場合が多いです。実務上は、金融機関の承諾のもとで、帰属権利者が不動産をローンごと引き継いで返済を続けるのが一般的になります。
なお、委託者の死亡により信託が終了した場合、法律上相続税における債務控除ができないおそれがあります。債務控除ができずに相続税の金額が大きくなるリスクを防ぐためには、死亡によって直ちに信託が終了しないように契約で定めておかなければなりません。
場合によっては、信託財産責任負担債務を負っていた受託者が先に死亡してしまう可能性もあります。受託者が亡くなったときには、新受託者が就任するのが通常です。
このとき、前受託者の固有財産は引き続き責任財産となります(信託法76条1項)。したがって、前受託者の相続人は信託財産責任負担債務を引き継ぎます。
対して、新受託者の固有財産は責任財産とはなりません。信託財産責任負担債務を引き継ぎはしますが、信託財産だけから返済する形になります(信託法75条1項、76条2項)。
ここまで、信託財産責任負担債務について、意味や特徴、具体例などについて解説してきました。
委託者の債務を受託者が引き受けたケースや、受託者自身が信託財産のためにローンを組んだケースなどで、信託財産責任負担債務が生じます。債権者は、信託財産への強制執行が可能です。信託財産”限定”責任負担債務になる場合を除いて、信託財産以外の受託者の固有財産も引き当てになる点には注意してください。
信託の利用を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
民事信託は制度の歴史が浅いため、弁護士であっても詳しいとは限りません。当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況や希望をお聞きしたうえで、実現できる方法をオーダーメイドでご提案いたします。
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弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。