相続手続きを進めるにあたって、次のような悩みをお持ちではないですか?
「父から家を買ってもらった兄が遺産を相続できるのはおかしい」
「弟だけ大学に通って留学までしたのは不公平だ」
故人から特別な利益を受けた相続人がいる場合に、遺産の取り分を調整する仕組みとして「特別受益」があります。
特別受益が認められるかは、受けた利益の種類や金額によりケースバイケースです。判断基準を知り、ご自身の場合はどうなるかを考える必要があります。
この記事では、
●特別受益が認められるケース
●特別受益があるときの相続分の計算方法
●特別受益がある遺産分割の流れ
などについて解説しています。
「他の相続人が優遇されている」とお考えの方が知っておいて欲しい内容ですので、ぜひ最後までお読みください。
目次
まずは、特別受益とはどのような制度なのかを解説します。
特別受益とは、一部の相続人が故人から遺贈や生前贈与により受け取った利益です。特別受益があった場合には、相続の際に取り分を調整できます。
たとえば、亡くなった男性の相続人が息子2人であり、生前長男だけに自宅の購入資金を与えていたケースを考えます。死亡時に残っていた父の財産をそのまま半分ずつに分ければ、次男は「兄だけが家の購入資金をもらっていたから不公平だ」と不満を抱くはずです。
そこで、遺産分割の際には、生前長男が受け取った資金を特別受益と扱って取り分を調整します。詳しい計算方法は後述しますが、最終的には、特別受益分も考慮して父の財産を息子2人に平等に分けることが可能です。
特別受益を受けた人を「特別受益者」といいます。
特別受益者になるのは相続人のみです。
相続人は以下のルールで決まります。
したがって、相続人となる子が存命の場合、故人が孫や子の配偶者にした贈与は特別受益には該当しません。ただし、名義が孫や子の配偶者であっても、実際には子への贈与であった場合には、特別受益と判断される可能性があります。
「特別受益」と「生前贈与」は混同される場合もありますが、実際は少し意味が異なります。
まず、特別受益には生前贈与だけでなく、遺贈や死因贈与も含まれます。
遺贈とは、遺言によってする贈与です。死因贈与とは、生前に「死亡した際に財産を譲ること」を相手と合意してする贈与をいいます。
遺贈は故人が単独でできる行為であるのに対し、死因贈与は受け取る相手との合意が必要な契約である点が、両者の違いです。もっとも、死亡によって財産を譲る点には違いがなく、法律上も似た扱いを受けます。
遺贈や死因贈与は、相続人に対してなされた場合には特別受益にあたります。
生前贈与は死亡の前に行う贈与をいうため、遺贈や死因贈与を含む概念である特別受益とは意味が異なります。
生前贈与だからといって特別受益に該当するとは限りません。
生前贈与のうち、1と2の条件を満たしたものが特別受益にあたります。
したがって、相続人以外に対してなされた生前贈与など、特別受益にあたらない生前贈与も存在します。
特別受益にあたるケース・あたらないケースを財産の種類ごとに解説します。
前提として注意して欲しいのが「○○は特別受益にあたる」と一概には決まらない点です。
特別受益になるかは、故人の経済水準や他の相続人との公平などの観点から総合的に判断されます。個々の事情によってケースバイケースになる面があるため、以下の解説はひとつの目安としてお考えください。
法律上、婚姻・養子縁組のためになされた贈与は特別受益に該当するとされています。ただし、ひとくちに結婚や養子縁組に必要な費用といっても、渡したお金の性質は様々です。
持参金・支度金は遺産の前渡しの側面があり、特別受益にあたるのが通常です。ただし、金額が少なければ該当しないケースもあります。
結納金や挙式費用は儀礼的な意味が大きく、一般的に特別受益とは考えられていません。
相続人が住むための土地・建物やその購入資金を贈与された場合には、金額が大きく「生計の資本として」の贈与といえ、特別受益に該当します。
ただし、近年の法改正により、結婚20年以上の夫婦間で居住用の不動産を贈与した場合には、基本的に故人による「持ち戻し免除の意思表示」があったと判断するものとされました。
「持ち戻し免除の意思表示」があると、遺産分割の計算の際に特別受益として扱う必要がありません。従来は、遺言書などで明確に「持ち戻し免除の意思表示」をしない限り、特別受益として扱われていました。改正後のルールでは、長年連れ添った配偶者について、遺産の取り分が減らないように配慮されています。
学費については、状況によって判断がわかれます。
高校までの学費は、現在の高校進学率の高さに鑑みると特別受益とは言い難いです。
大学の学費についても、相続人が揃って大学に進学しているような場合には、多少の金額の違いがあっても特別受益にはあたりません。私立の医学部に進学した、長期の海外留学に行ったなど特定の相続人だけに高額の学費がかかったケースでは、特別受益に該当すると考えられます。
通常の生活費は、扶養義務の範囲内と考えられるため、特別受益にあたりません。お小遣い、誕生日祝い、入学祝いなども通常は対象外です。
ただし、扶養義務の範囲を超える大きな金額を渡していた場合には、特別受益と判断される可能性はあります。
事業のために不動産や資金を提供していた場合には「生計の資本として」の贈与といえ、特別受益に該当します。相続人が新たに事業を始めるときはもちろん、家業を継ぐために贈与がなされたケースでも基本的に特別受益とされます。
死亡退職金は原則として特別受益に該当しません。死亡退職金は、遺族が今後も経済的に余裕を持って生活するために支払われる金銭と考えられるためです。
生命保険金の受取人が特定の相続人になっていた場合は、原則として特別受益になりません。生命保険金は受取人の財産であり、遺産分割の対象とならないためです。もっとも、あまりに高額なケースでは特別受益と同様の扱いを受ける可能性があります。
続いて、特別受益があるときに具体的な相続分を計算する手順を、例を交えながらご紹介します。
生前贈与の場合、贈与時と相続時とで価値が変化している可能性があります。遺産の取り分を計算する前提として、特別受益を金銭的に評価しなければなりません。
特別受益を金銭に換算する際には、相続が開始した時(死亡時)における評価をもとにします。
現金の生前贈与が特別受益とされる場合は、過去と現在の貨幣価値の違いを考慮しなければなりません。たとえば、50年前の100万円と現在の100万円は価値が異なるのはおわかりいただけるでしょう。消費者物価指数をもとにして、贈与時の額面を相続時の価値に換算します。
株式は、贈与時ではなく相続開始時の時価で計算します。
不動産についても、基本的には同様です。贈与された家が地震などで倒壊した場合には、特別受益はないものとみなされます。
特別受益を金銭的に評価できたら、以下の手順で相続分を計算します。
次の例で考えてみましょう。
●男性が亡くなり、相続人は妻、長男、次男の3人
●相続時の男性の財産は7000万円
●長男の住宅購入資金として1000万円を生前贈与していた(特別受益にあたる)
相続分は以下の通り求められます。
1.特別受益を持ち戻す
相続時の財産7000万円+特別受益1000万円=8000万円
2.法定相続分(妻は1/2、長男次男は1/4ずつ)をかける
●妻 8000万円×1/2=4000万円
●長男 8000万円×1/4=2000万円
●次男 8000万円×1/4=2000万円
特別受益がない妻と次男は、上記金額を受け取れます。
3.特別受益を受けた人はその金額を除く
●長男 2000万円-1000万円=1000万円
以上より、相続時の財産7000万円は、
●妻 4000万円
●長男 1000万円
●次男 2000万円
と分配されます。
特別受益について故人が「持ち戻し免除の意思表示」をしていた場合には、特別受益を考慮せずに遺産の取り分を決めます。
たとえば、上記のケースで亡くなった男性が持ち戻し免除の意思表示をしていた場合は、相続時の財産7000万円は以下の通り分配されます。
●妻 7000万円×1/2=3500万円
●長男 7000万円×1/4=1750万円
●次男 7000万円×1/4=1750万円
特別受益が考慮されないため、妻と次男の取り分が減少し、長男の取り分が増加しているとおわかりいただけるでしょう。
持ち戻し免除の意思表示はいつでもでき、方法にも定めはありません。明言していなくても免除の意思が認められるケースもあります。
もっとも、意思表示の有無を巡って「言った言わない」などのトラブルが生じるケースが少なくありません。遺言書などで持ち戻し免除の意思表示が明確になされていれば、トラブルになりにくいです。
特別受益が遺留分を侵害していると少し複雑になります。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に最低限保障されている遺産の取り分です。
次の例で考えましょう。
●妻に先立たれた男性が亡くなり、相続人は長女、次女、三女の3人
●相続時の男性の財産は500万円
●死亡の1年前に三女に住宅購入資金4000万円を生前贈与した(特別受益にあたる)
手順にしたがって計算してみます。
1.特別受益を持ち戻す
相続時の財産500万円+特別受益4000万円=4500万円
2.法定相続分(各1/3)をかける
●長女 4500万円×1/3=1500万円
●次女 4500万円×1/3=1500万円
●三女 4500万円×1/3=1500万円
3.特別受益を受けた人はその金額を除く
●三女 1500万円-4000万円=-2500万円
三女は本来もらえるはずの金額を上回る特別受益を受け取っているため、追加では遺産を受け取れません。
また、相続時において財産は500万円しか残っておらず、長女や次女がもらえるはずの取り分(1500万円)には足りません。この場合、500万円を長女と次女で250万円ずつ分け合います。
したがって、500万円は以下の通り分けられます。
●長女 250万円
●次女 250万円
●三女 0円
ここで問題になるのが遺留分です。
このケースでは、長女や次女は4500万円×1/2×1/3=750万円の遺留分を有します。
遺留分は最低限受け取れる遺産であるため、長女と次女は750万円-250万円=500万円をそれぞれ三女に請求することが可能です。
なお、遺留分金額の計算をする際に持ち戻せる生前贈与は、死亡前10年以内のものに限られます。近年法改正があった点なので注意してください。
遺留分について詳しく知りたい方は以下を参照してください。
遺留分の計算方法|具体例や請求方法もわかりやすく解説
他の相続人に特別受益があっても、自動的に相続に反映されるわけではありません。
特別受益による遺産の取り分の調整を希望する場合には、積極的に主張する必要があります。
以下で、特別受益がある遺産分割の流れを解説します。
ただ「○○には特別受益がある」と主張しても説得力は不十分であり、他の相続人は納得しないかもしれません。説得するために、特別受益の証拠を集める必要があります。
特別受益の種類によって必要な証拠は異なりますが、たとえば次のものが証拠となり得ます。
●故人のメモ、日記、メール
●預金通帳、取引明細
●不動産の全部事項証明書
取り分を決めるにあたって、まずは遺産分割協議を行います。遺産分割協議は相続人同士の話し合いです。
話し合いの場で、特別受益の事実を指摘し、受益者が認めれば遺産の取り分に反映させられます。
遺産分割協議では、分配を自由に決められます。相続人全員が納得できれば、法律上の原則と異なる方法であっても構いません。
合意できた場合には、遺産分割協議書を作成してください。
もっとも、対立が激しいケースでは協議で決着をつけるのは難しいでしょう。
相続人だけの協議でまとまらなければ、家庭裁判所で調停をするのが一般的です。
調停とは、裁判所でする話し合いです。調停委員が間に入って双方の意見を聞きながら解決を目指します。
証拠をもとに特別受益を主張すれば、調停委員が他の相続人を説得してくれることが期待できます。相続人だけで協議が進まなくても、調停になればなんとか話し合いが進むケースも多いです。
遺産分割の内容について話し合いがまとまれば調停調書が作成され、判決と同様の効力が付与されます。
調停は裁判所で行われるとはいえ、あくまで話し合いです。全員が合意できなければ成立しません。
調停が不成立となると、審判に移行します。審判では裁判官が結論を出すため、強制的に決着をつけられます。
審判内容に納得がいかない当事者がいれば、即時抗告を申立てて高等裁判所で審理してもらうことも可能です。
従来「特別受益には時効はない」とされてきました。
しかし、2021年の法改正により民法904条の3が新設され、相続開始から10年が経過すると特別受益の主張ができなくなります。改正法は2023年4月1日より施行される予定です。例外や経過措置は用意されているものの、今後は特別受益を早めに主張する必要があります。
ここまで、特別受益について、該当する例や計算方法、争い方などを解説してきました。
特別受益が認められるかはケースバイケースであり、判断が難しい場合もあります。
特別受益について疑問や困りごとがある方は、弁護士にご相談ください。
弁護士に相談すれば、贈与が特別受益にあたるかの見通しや、必要な証拠がわかります。加えて実際に依頼した際には、証拠収集、他の相続人とのやりとり、裁判所での手続きなどを任せられます。遺産の取り分が増加する可能性があるだけでなく、精神的ストレスの軽減にもつながるでしょう。
「特別受益を請求したい」「調停の準備が大変」などとお考えの方は、ぜひお気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。