自己信託(信託宣言)とは、委託者自身が受託者となる形態の信託です。受託者を別に用意する必要がありません。
自己信託は、家族のために財産を確保しておきたいケースや、事業承継を目的とするケースなどで活用できます。設定時に贈与税が課税される点には注意してください。
この記事では、
●自己信託とは?
●自己信託のメリット
●自己信託の活用例
などについて解説しています。
「信託を考えているが受託者が見つからない」とお悩みの方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
まずは、自己信託の基礎知識を解説します。
自己信託とは、委託者と受託者が同一人物である信託の形態です。信託宣言とも呼ばれます。通常の民事信託(家族信託)では委託者と受託者は別人物となるため、自己信託は特殊な形態です。
そもそも民事信託では、以下の当事者がいます。
●委託者:財産を預ける人
●受託者:財産を預かって管理する人
●受益者:財産から生じる利益を受ける人
自己信託では、財産を預ける「委託者」と財産を預かって管理する「受託者」が同一人物です。自分の財産の一部を信託財産として、別枠で扱う形になります。
自己信託は、財産隠しや執行逃れに利用されるおそれがあるため、かつては認められないとする考えもありました。信託法が改正され、現在では法律上認められています(信託法3条3号)。
通常の民事信託は、委託者と受託者が契約を結んで成立します(信託法3条1号)。自己信託は、委託者と受託者が同一人物であるため、「委託者=受託者」が単独で行うことが可能です。
もっとも、自己信託は濫用されるおそれがあるため、法律上定められた要件を満たさないと効力が発生しません(信託法4条3項)
自己信託では、通常は公正証書が作成されます。
公正証書は、法律の専門家である公証人が、依頼を受けて作成する文書です。第三者である専門家のチェックを経ているため、信用性が高いとされます。
自己信託の場合、公正証書には以下の事項を記載しなければなりません(信託法3条3号、信託法施行規則3条)
一般的には、自己信託をする際には、公証役場で上記事項を記載した公正証書を作成します。公正証書の作成により、自己信託の効力が発生します(信託法4条3項1号)。
公正証書については、以下の記事も参考にしてください。
参考記事:民事信託(家族信託)は公正証書ですべき!メリットや流れを解説
自己信託は、公正証書以外の書面で行うことも可能です。
公正証書以外の書面によってなされる場合には、受益者に対して、確定日付のある証書により通知しなければなりません(信託法4条3項2号)。書面の作成だけでなく、信託がなされた旨と信託の内容を受益者に通知してはじめて、自己信託の効力が発生します。
自己信託には、以下のメリットがあります。
自己信託では、別に受託者を用意する必要がありません。
民事信託を設定する際には、適切な受託者がいない点が問題になるケースがあります。家族に信頼できる人がおらず、条件を満たす信託銀行や信託会社も見つからないといった場合です。
自己信託とすれば委託者自身が受託者となるため、受託者がいない問題は解決できます。「受託者がいなくて信託できない」とお悩みの方にとっては、自己信託がひとつの選択肢です。
自己信託では、信託を設定した後も、受託者として自分で財産を管理できます。
生前贈与の場合には、管理権ごと移転します。しかし、以下のように、管理権まで移転させたくないケースもあるでしょう。
●子に浪費癖がある
●家族が病気である
●事業の経営権を残したい
生前贈与するには問題があるケースでも、自己信託にすれば管理を継続できます。
自己信託とすれば、委託者の経済状況が悪くなって破産などの事態に至っても、信託した財産は守られます。信託には「倒産隔離機能」があり、委託者や受託者の破産による影響を受けないのです。
たとえば、経営者で会社の債務を個人保証しているときには、経営が傾いた際に個人財産を失ってしまうリスクがあります。事前に信託して別扱いにしておけば、万が一の事態があっても家族に一定の財産を引き継ぐことが可能です。
信託の倒産隔離機能を活用したい方にとって、自己信託は選択肢になり得ます。
自己信託にはメリットがありますが、問題点もあります。以下の点に注意してください。
自己信託では、設定時に贈与税が課税されます。
自己信託で受益者となる家族は、委託者とは別人です。受益者は対価を支払わずに信託財産から利益を得ているため、贈与税の課税対象となります。一般的に、贈与税は相続税よりも高額になりやすいため、注意が必要です。
一般的な信託では、設定時には「委託者=受益者」とするため、贈与税は課税されません。自己信託では「委託者≠受益者」であり、贈与税が課される点は頭に入れておいてください。
経済状況が既に悪化している場合には、自己信託はできません。
委託者が債権者を害すると知ってした信託は、詐害信託として取消しの対象になります(信託法11条)。自己信託の場合には、債権者が財産を回収できなくなる危険性がより高いため、取消しをせずとも信託財産への差押え等が可能です(信託法23条2項)。信託を設定してから2年は、執行逃れなどのために自己信託された財産は差押えの対象となります(信託法23条4項)。
会社が傾いた後で、自己信託により財産を逃がすのは許されません。経営に問題のないうちに準備しておく必要があります。
自己信託の主な活用例を2つご紹介します。
1つ目は、病気の家族のために財産を確保するケースです。
病気で財産管理が難しい家族に、財産を残したい事例です。
Bに生前贈与する方法もありますが、管理が難しい問題があります。
そこで、Aを「委託者兼受託者」、Bを「受益者」として、自己信託を設定する方法が考えられます。
自己信託であれば、家族に受託者になれる人がいなくても可能です。また、信託した財産については、後に会社経営が傾いたとしても強制執行の対象になりません。AにもBにもメリットが大きい方法といえます。
ただし、既に会社経営が傾いているときには、債権者を害するため使えません。
関連する問題として「障害者の親亡き後」の問題があります。以下の記事を参考にしてください。
参考記事:民事信託(家族信託)で障害者の親亡き後の生活に備える方法
2つ目は、事業承継に備えたいケースです。
事業の後継者であるBに株式の価値は引き継ぎたいものの、議決権はAにとどめておきたい事例です。
このケースでは、Aを「委託者兼受託者」、Bを「受益者」として、自己信託を設定する方法がひとつの選択肢です
受託者となったAは引き続き議決権を行使でき、経営への関与が継続します。
委託者と受益者が別人であるため、贈与税は課税されてしまいます。もっとも、株式価値が今後上昇すると見込まれ、現在の贈与税の方が将来の相続税よりも割安であれば、贈与税を支払った方が有利です。
このように、自己信託を事業承継対策に利用できるケースもあります。民事信託と事業承継について詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
参考記事:民事信託(家族信託)で事業承継に備える方法|メリットや事例を解説
ここまで、自己信託について、意味やメリット、活用例などについて解説してきました。
自己信託は、委託者と受託者が同一人物である信託です。別に受託者を用意しなくても利用でき、信託財産を倒産から守れるメリットがあります。贈与税が課税される点に注意は必要ですが、病気の家族に財産を残す場面や、事業承継の場面で活用できます。
自己信託の利用を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
民事信託は制度が比較的新しく、仕組みが複雑であるため、弁護士であっても対応できない場合が少なくありません。当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況やご希望をお聞きしたうえで、自己信託に限らず、他の信託方法や遺言なども含めて、最適な方法をオーダーメイドでご提案いたします。
「信託したいが受託者になれる人がいない」「自分の希望する財産管理・承継を実現したい」といった方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。
弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士
野俣 智裕
■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
■東京弁護士会信託法部
信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。
東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。