遺言による信託(遺言信託)とは?メリット、注意点や活用例を解説

信託

遺言による信託(遺言信託)とは、遺言書により設定する信託をいいます。
通常、民事信託(家族信託)は、契約によりなされますが、遺言によってすることも可能です。遺言による信託は、生前に権利を移転する必要がなく、撤回もできるなど、自由度が高いメリットがあります。
認知症の配偶者のために子に財産管理を任せる、障害者の親亡き後の問題に備えるといった活用方法が考えられます。ただし、委託者が生きている間の認知症対策には利用できません。
遺言による信託をする場合には、事前に受託者の承諾を得ておくなど、入念に準備をしておきましょう。
この記事では、
●遺言による信託(遺言信託)とは?
●遺言による信託のメリット、注意点
●遺言による信託の活用例
などについて解説しています。
残された相続人の財産管理に不安がある方は、ぜひ最後までお読みください。

遺言による信託(遺言信託)とは?


まずは、遺言による信託の意義や、似た仕組みとの違いといった基礎知識を解説します。

遺言書を用いて設定する信託

遺言による信託とは、遺言書によって設定される信託です。
民事信託(家族信託)を設定するには、以下の3つの方法があります(信託法3条各号)。
●信託契約
●遺言
●信託宣言(自己信託)
一般的なのは信託契約による方法ですが、遺言による設定も可能です。
遺言による信託には、民法の遺言に関する規定が適用されます。遺言は死亡によって効力が生じるため(民法985条1項)、遺言による信託の効力が発生するのも遺言者の死亡時です(信託法4条2項)。方式も、民法の規定に沿って、自筆証書遺言、公正証書遺言などがあります(民法967条以下)。作成後の撤回も可能です(民法1022条)。
遺言による信託は「遺言信託」とも呼ばれます。もっとも、後述する通り、信託銀行の「遺言信託」サービスとはまったく異なるものです。「遺言信託」サービスは、そもそも信託ではありません。

似た仕組みとの違い


遺言による信託と似た制度・用語として、以下があります。
●(単なる)遺言
●遺言代用信託
●信託銀行の「遺言信託」サービス

単なる遺言は一次相続での承継者の指定だけ

信託ではない、単なる遺言であっても、財産の承継者を指定できます。もっとも、財産の管理方法までは決められません。また、二次相続以降の財産承継者の指定も不可能です。
これに対して遺言による信託では、財産の管理方法や二次相続以降の財産承継者の指定もできます。信託という形態をとるため、財産の管理・承継について柔軟な定めが可能なのです。

「遺言代用信託」は契約で行う

「遺言代用信託」とは、信託のうち、遺言と同様の機能を実現するものです。
民事信託では、委託者死亡時に受益権を得る者をあらかじめ定めることができ、遺言と同様に財産承継の機能を付与できます。遺言と同様の機能を付与された信託を「遺言代用信託」と呼びます。
遺言代用信託は、契約の形式で設定されるケースがほとんどです。遺言による信託とは、設定方法が異なります。

信託銀行の「遺言信託」サービスは信託ではない

信託銀行は「遺言信託」という名称のサービスを提供しています。遺言信託サービスは、遺言書の作成アドバイス、保管、遺言執行などをセットにして提供するサービスです。
「信託」という名前がついているものの、法律上の信託ではありません。通常の遺言において必要な手続きを、パッケージとして提供するサービスになります。
一般的に「遺言信託」といえば、このサービスを指す場合が多いです。もっとも、前述の通り、「遺言による信託」を「遺言信託」と呼ぶ場合もあります。2つの「遺言信託」の意味を混同しないようにしてください。

遺言による信託のメリット


遺言による信託には、以下のメリットがあります。

死後の財産管理を任せられる

遺言による信託では、自分の財産について、信頼できる受託者を指定して死後の管理を任せられます。
たとえば、遺言者の配偶者が認知症であるときに、子を受託者として、死後に財産を配偶者のために活用するように指定できます。
単なる遺言では財産の承継先しか定められず、どう利用するかは決められないのと比べると、遺言による信託は有効な方法です。

生前に権利を移転しなくてよい

遺言による信託では、生前に信託財産の所有権を移転する必要がありません。遺言による以上、効力が発生するのが死亡時であるためです(民法985条1項信託法4条2項)。
契約による信託では、生前に信託財産の所有権が受託者に移転します。大事な財産の所有権が生前に移転することに、心理的な抵抗を感じる方もいらっしゃるでしょう。その方にとっては、死亡するまで効力が発生しない点が、遺言による信託のメリットになります。

自由度が高い

遺言による信託は、委託者にとって自由度が高い方法です。
死亡まで効力は生じず、気が変われば変更や撤回ができます。遺言である以上、自分ひとりでの作成が可能です。受託者以外の親族に知られたくないときにも、利用しやすいでしょう。これらの点に魅力を感じる場合には、遺言による信託も選択肢になり得ます。

遺言による信託の活用例


遺言による信託の活用例を2つ紹介します。

認知症の配偶者のための財産管理

1つ目は、認知症の配偶者のために設定するケースです。

関係者:夫A(75歳)、妻B(70歳)、子C(40歳)
妻Bは数年前から認知症になっており、ひとりで生活するのが難しい状態となっている。
夫Aは自宅で妻を介護しているが、自身もがんを患ってしまい、長くは生きられない見込み。
Aは、自分の死後は子Cに妻Bの生活の面倒を見てもらいたいと考えているが、すぐに財産の所有権をCに移転するのは避けたい。

このケースで遺言による信託を活用するとすれば、以下のスキームが考えられます。
●委託者 (遺言者) :夫A
●受託者 :子C
●受益者 :妻B
Aの死亡時に、遺産である自宅や金銭を信託財産として、子Cが受託者となる信託が開始されます。Cは信託内容に従って、Bのために財産を管理・使用します。自宅の処分権を付与していれば、Bが介護施設への入所が必要になった際に、売却して入所資金に充てることも可能です。
Aは自分の死後のBの生活に不安を抱えていましたが、遺言による信託を利用すれば、安心してCに任せられます。

障害者の「親亡き後」問題への対応


2つ目は、障害者の「親亡き後」に生じる問題に備えたいケースです。

●関係者:父A(75歳)、長男B(45歳)、次男C(40歳)
●母はすでに他界している
●長男Bは重度の障害を抱えており、自立した生活が難しい。これまでは父Aが面倒を見てきたが、自身も大病を患い、余命は長くない見込み。
●Aは、自身の死後は障害のない次男CにBの面倒を見てもらいたいと考えている。もっとも、生前に財産の所有権がCに移転するのには心理的抵抗がある。

このケースでは、Aの財産を信託財産として、遺言により以下のスキームで信託を設定する方法があります。
●委託者 (遺言者) :父A
●受託者 :次男C
●受益者 :長男B
大枠としては、認知症の配偶者のために設定する前述のケースと同様です。Aの死亡により効力が生じ、次男Cが長男Bのために財産を管理します。所有権が移転するのはAの死亡後であり、生前の移転を望まないAの希望に合致します。
障害者の「親亡き後」問題の対策について詳しくは、以下の記事を参考にしてください。
参考記事:民事信託(家族信託)で障害者の親亡き後の生活に備える方法

遺言による信託の注意点


遺言により信託を設定する際には、以下の点に注意してください。

自分が生きている間の認知症対策にはならない

遺言による信託は、遺言者が認知症になった場合の対策にはなりません。遺言である以上、遺言者の死亡によって信託の効力が発生するためです。
万が一遺言を書いた後に認知症になったときには、生きている間は財産の利用・処分ができません。預貯金が凍結される、不動産を処分できないといった問題が発生し、家族であっても財産の利用・処分ができなくなってしまいます。成年後見を利用するにしても使い勝手が悪いため、家族が困ってしまうでしょう。
認知症対策は、民事信託が利用される典型的な理由です。生前の認知症対策にならない点は、遺言により信託を設定するデメリットになります。
契約による信託であれば、認知症対策が可能です。詳しくは以下の記事を参考にしてください。
参考記事:民事信託(家族信託)による認知症対策|メリットや注意点を解説

公正証書遺言でする

遺言による信託は、公正証書遺言でするのが望ましいです。
たしかに、民法で定められた遺言の方式であれば有効に設定できるため、自筆証書遺言でも構いません。もっとも、自筆証書遺言は形式違反などにより無効とされるリスクが高いです。また、検認手続きをする手間もかかります。
参考記事:遺言書が無効になるケースは?争い方や遺産分割の流れも解説
参考記事:遺言書の検認とは?手続きの流れと検認しない法的リスクを解説

せっかく遺言で信託を設定して死後の不安に備えようとしたのに、無効になったり、相続人に手間をかけたりしたらもったいないです。確実に備えるために、公正証書遺言を作成しましょう。
参考記事:民事信託(家族信託)は公正証書ですべき!メリットや流れを解説

受託者に事前に意思確認


遺言により信託をする場合でも、受託者になる家族に事前に伝え、承諾を得ておくようにしましょう。
受託者が承諾していなくても、遺言者の死亡により信託の効力そのものは発生します(信託法4条2項)。
もし受託者が承諾しないときには、利害関係人が引受けするかを確答するよう催告でき、確答しないと信託を引き受けなかったとみなされます(信託法5条1項、2項)。受託者が引き受けないときは、利害関係人の請求により裁判所が受託者を選任しますが(信託法6条1項)、誰になるかわからず、手続き自体も手間です。
事前に受託者の承諾を得ていないと、拒否されるおそれがあります。スムーズに信託の目的を実現できるように、遺言をする前に、必ず承諾をとっておくようにしてください。

遺言執行者を指定する

遺言による信託では、遺言執行者を指定しておくべきです。
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために手続きを進める人です。遺言で財産を処分するときは、遺言執行者を指定しておくとスムーズに進みます。
遺言執行者を指定していなくても、裁判所による選任は可能です(民法1010条)。しかし、手続きが進まないおそれがあります。
スムーズに信託を開始するには、弁護士などの専門家を遺言執行者に指定しておくのがよいでしょう。
参考記事:遺言書を実現する遺言執行者の役割|必要なケースや業務の流れを解説

遺留分に配慮する

遺言による信託でも、遺留分には配慮しなければなりません。
遺留分は、各相続人に保障されている最低限の遺産の取り分です。信託でも遺留分を侵害し得ます。遺留分を侵害すれば、遺留分侵害額請求がなされるなど、トラブルに発展するリスクがあります。
受益者に承継させる財産が過大になり、他の相続人の遺留分を侵害しないように注意してください。
参考記事:遺留分の計算方法|具体例や請求方法もわかりやすく解説

遺言による信託は弁護士にご相談を


ここまで、遺言による信託について、メリット、活用法、注意点などを解説してきました。
遺言による信託は、契約による場合よりも自由度が高く、生前に所有権が移転するのに抵抗があるケースでも利用しやすいです。たとえば、認知症の配偶者や障害者の子がいるときに活用できます。スムーズに開始できるよう、公正証書にする、受託者の事前承諾をとるといったポイントに注意しましょう。

遺言による信託を検討している方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
民事信託は制度が比較的新しく、仕組みが複雑であるため、弁護士であっても対応できない場合が少なくありません。当事務所は民事信託に力を入れており、豊富な経験を有しています。現在の状況やご希望をお聞きしたうえで、遺言による信託に限らず、契約による方法も含めて、最適な方法をオーダーメイドでご提案いたします。
「残された相続人が財産管理できないのが心配」「信託を考えているが、生前に所有権を移すのは抵抗がある」といった方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士

野俣智裕
  • 弁護士法人 ダーウィン法律事務所 代表弁護士

  • 野俣 智裕

  • ■東京弁護士会 ■日弁連信託センター
    ■東京弁護士会業務改革委員会信託PT
    ■東京弁護士会信託法部

  • 信託契約書の作成、遺産分割請求事件等の相続関連事件を数多く取り扱うとともに、顧問弁護士として複数の金融機関に持ち込まれる契約書等のチェック業務にも従事しております。

  • 東京弁護士会や東京税理士会等で専門士業向けに信託に関する講演の講師を務めた経験も有し、信託や相続に関する事件に深く精通しております。

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